2017年09月30日

気分が一番大切

2017年09月30日 気分が一番大切
やってはいけない事をしてしまった。それは自分の歌を録音して聞くことである。12年前にカラオケを始めた時、これだけはやらないと決めていた。聞いたらガッカリして歌う気がしなくなると思ったからだ。やっぱりガッカリしたが止める気はしなかった。

12年とは途轍もなく長い時間だ。5歳でフィギュアスケートを始めた少女が世界の頂点に立つまでの時間である。それなのに私の時間は何も残さずにアッと思う間に過ぎ去った。馬齢を重ねるとは正にこのことだ。

ところで、65歳でカラオケを始めて10年たったとき、洋楽カラオケに手をつけた。そして2年たった。結果として好かったと思う。音痴は直らないが言葉は繰り返すことにより口が回るようになる。何となく進歩したような気分になるから有難い。

将棋も玉突きも繰り返して練習したが何の成果もなかった。英語の歌は意味が分からなくても口が回れば、歌えたような気がするから面白い。私にとっては気分が一番大切だ。周囲の人には申し訳ないが聴いてもらえるような歌ではない。それでも人前で歌えば百倍も楽しい。我ながら困った性格だ。自分がこんな人間とは知らなかった。

スポーツや芸能・ゲーム一切できない。いろいろやった結果、自分には生まれつき能力がないのだと諦めた。当然仕事も出来ない。曲がりなりにも英語を使う仕事だった。口が回らない私は繰り返し繰り返し一生懸命練習した。そのせいで本当は怠け者なのに真面目な努力家と誤解された。退職後は化けの皮も少しずつ剥がれ、今は完全脱皮状態である。

当時は仕事だから口が回るようになるまで繰り返すより仕方がなかった。お蔭で繰り返す癖がついた。私にとっては良い癖だ。同じことを何回繰り返しても厭きることがない。そういうものだと思っている。お金もかからないしね。おまけに健康にも良いのだから止められない。

「アンタが英語の歌をね〜」
「ホンの真似事です」
「心配してるんだよ。大丈夫か?」
「訛っていますが何とか」
「そういえばインド人は訛っているな、タンキューとかティンクとかね」
「私の場合は国とか地方は関係ないのです。中波訛りですから」
「中波って何だ?」
中波についてはこちらをClick! →複雑な家族関係

(「空白の22年感」より転載)
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2017年09月09日

ボートは漂っている

2017年09月09日 ボートは漂っている

中島公園の近所に転居して早くも16年たった。夏のレジャーとして人気の高いボートだが苦手なので乗ったことがない。ただテレビに出たときに1回だけ乗る機会があった。たった15分だが嬉しい体験だ。8年前、UHB「トークDE北海道」の「豊平川花火の穴場、中島公園」という番組を収録した時のことである。

よせばいいのに「花火を見るにはボートからが一番ですよ」とか言ってしまった。地元では新住民とか言われていたのに、突然中島公園の達人とか紹介されてテンションが上がってしまったのだ。案内人の立場もわきまえず、いつの間にか想像でものを言っていた。いつもボートに乗って花火を見る人を羨ましく思っていたからだと思う。

リポーターさんに「じゃあボートに乗りましょう」と言われて焦った。ボートに関しては恥ずかしい思い出がある。例の転覆事故以来ボートに乗ったことがない。蚊の鳴くような声で「漕げないのですが」と言ったら「いいですよ。私が漕ぎますから」と、あっさり言ってくれた。有難いけれど情けない。

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15分間だがボートに乗った。 参考 → 花火大会取材協力

本来ならば中島公園の案内役である私が、ボートを漕いで花火鑑賞スポットを案内すべきである。「達人」としてはとても恥ずかしい。私が名乗った訳ではないがカメラの前では否定もできない。煮えきらないまま達人を演じた。人生は芝居のごとしと言う人もいるが。

「芝居をしています」
「アンタがねぇ。嘘だろう」
「三分間のステージです」
「なんだ、カラオケかぁ」
「私にとっては楽しい猿芝居です」
「主役、脇役、悪役、いろいろあるだろう。アンタの役は?」
「子役です」
「ずうずうしい奴だな。年寄のくせに」
「幼児と老人は下手でも許される。自慢じゃないけど老人中の老人、最高齢です」

伴奏を付け、拍手までしてくれるのだから有難い。オマケに金もかからない。みっともないから止めろと言われても止められる訳がない。代りがあれば話は別だ。何かあるかな?

花火大会取材のお陰で半世紀ぶりにボートに乗る機会に恵まれた。乗ってみるとやっぱり楽しい。中島公園が違うアングルから見られるのだ。ボートを漕ぐ練習をして、ボート上から中島公園を撮ってみたい。

そう思っても嫌な記憶が足を引っ張っぱり未だに実現していない。今年こそやるぞと思って8年たった。年を取ると年月が急速に過ぎて行くのに、私のボートはゆっくりと漂っている。進んでいるのか止まっているのかさえ分からない。

(「空白の22年感」より転載)

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2017年05月06日

洋楽カラオケは楽しい


2017年05月06日 洋楽カラオケは楽しい
「グッモーネン先輩、ハオユ?」
「ご機嫌よくないね。なまってるぞ」
「英語は大好きですが喋れないから歌ってます」
「コッソリ歌うのは勝手だが書くんじゃないぞ」
「喋れなくて歌えなくて書けなかったら、私はどうしたらいいのですか」
「そんなこと知るか」
「好きなことが出来ないのは辛いです。こうなったら先輩だけが頼りです」
「友達いないのか。うっとうしいな。好きなように書きな」
「書いていいのですか。有難うございます。テンクサラーッ

遊びも運動も苦手な私は仕事も苦手だった。それでも何とか工夫して定年まで勤めて上げてハッピーリタイアメント。そして、始めたのがカラオケである。恐るおそるの挑戦だが、歌うなと言う人は居なかった。それどころか健康にいいからと励まされた。1年後には上手くなったね」と言ってくれる人さえ現れたのだ。これでは面白過ぎて止められない。

演歌がダメなら洋楽があるさという気分で、洋楽カラオケを始めて早くも1年半たった。何を歌ってもダメなことは横に置いて、目先の気分を変えて楽しむことにした。そもそも音痴と言うものは、背が高いとか足が短いとかと同じようなもの。私の個性だから直らない。しかし背が高くて足が長ければ速く走れるとは限らない。逆も真ならいいのだが。

スポーツ・ゲームがダメな私は勝ち負けのない趣味としてカラオケを選んだ。もちろん私の手の届かないところでの勝負はあると思う。しかしゲームなら最初から勝ち負けを争わなければならない。私にとっては余りにも厳しすぎる。

「将棋だって自分なりに楽しむことができるだろう」
「そうでしょうか」
「レベルが同じような人と楽しめればいいんだよ。仕事じゃないんだから」
「そうですね」
「何故そうしない」
「碁・将棋・マージャンなど何でもやりました」
「やったのか?」
「だけど勝ったことはないし何時もビリ」
「自分なりに楽しめばいいんだよ」
「不可能です」
「なんで?」

「どうしても聞きたいと言うなら話しましょう。最初はね下手同士で楽しもうよとか言っている人がですよ。強くなると私との対戦を嫌がるようになるのです。誰もが同じです。そんなことを繰り返している内に、相手になってくれる人が誰も居なくなりました。一番下手とはそういうことです。まだ言いたいことの半分も言ってませんが、もっと聞きたいですか」

「分かった分かった。もういい。こんど一緒にカラオケ行こうぜ」
「有難うございます。ウウァンドフォウ! シンギン シンギン」
「素晴らしいと言ってるつもりか。お里が知れるぞ」
「独学ですから」
「学と言うほどでもないだろう」
「一人で楽しんで独楽ですよ。私の勝手でしょ,イズネッ?」

(「空白の22年間」より転載)
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2017年05月05日

QK牧場の決闘、16トン、悲しき雨音

2017年05月05日 音痴の名曲迷解説 
SSNカラオケクラブの洋楽カラオケがスタートして1年半たった。最近参加する方々は凄く上手い。早く入っていて好かった。歌の方は相変わらずだが場慣れしたのが何よりだ。それに音痴は治らないけれど繰り返せば口は動くようになる。ささやかな一歩に過ぎないが、私の心の中では月面着陸の第一歩くらいに増幅される。

テレビで歌が上手いと言われている犬が歌っていた。ただウォーとかアォーとか長々と唸っているだけだ。それでも犬は得意顔だ。私も歌っているつもりだが、歌には聞こえないかも知れない。犬のふり見て我がふり直すべきとは思う。しかし、心とは裏腹に歌の解説を書きたくなってしまった。我ながら困った人だ。

QK牧場の決闘
好きな西部劇の主題歌を歌ってみたかった。それは「OK牧場の決闘」Gunfight at the o.k. corral である。しかし難しかった。楽譜が読めないのでCDでフランキー・レーンが歌っているのを聴いて真似しているつもり。真似できるはずがないのにそうしている。他に歌を覚える手段がないから仕方がない。
<思わず気分が出てしまうフレーズ>
Duty calls. My backs against the wall.
格好いいなぁと思う。歌っていると芝居をしているみたいな気分になる。実際には追いつめられる様な状況には陥りたくない。私の本音を言えば義務を負いたくないしドキドキもしたくない。ただノンビリ寝ていたい。

16トン
「16トン」Sixteen tonsは英語の意味が分からない部分もあるが調子がいいから好きなのだ。アメリカの炭坑節かな? 毎日16トン積み込んで何になる。何年やっても借金がかさむばかりだと歌う。やるせないねぇ。数え切れないほど繰り返し口は動くようになったが、なかなか歌にはならない。難しいものだ。まったくやりきれないよ。
<しびれるフレーズ >
If you see me comin', better step aside.
テネシー・アーニー・フォードはここだけ特に小声で歌っている。何となく凄みを感じる。私を見かけた人たちがサーっと道を開けたとしたら、さぞかし気分がいいことだろう。まるで西部劇のワンシーンのようだ。
A lotta men didn't, a lotta men died.
(lottaはlot ofの短縮形)
と続くのだ。凄いなあ。しかし一つ一つの状況は分からない。”知らぬが仏”は英語で”What you don't know never hurts you.”だそうだ。私を傷つけないことだけ分かればそれで充分だ。

悲しき雨音
30年以上前、プランタン・デパートがあった頃の新札幌を歩いている時、ドラムの音で足を止めた。青空の下で演奏されていたのが「悲しき雨音」Rhythm of the rainであることを後で知った。その時は軽快なリズムを刻むその曲が悲しい失恋の歌とは知らなかった。
<可哀そうと思ったフレーズ>
The only girl care about has gone away.
これなら私でも気持ちが分かる。ああ可哀想。
Looking for a brand-new start.
新しい人生を求めてか、いい気なもんだね。人の気も知らないで。男はつらいよ。

「その他に、どうにか口が回って歌えるものが30曲になりました」
「ホントか?」
「凄いでしょう」
「反応は?」
「笑ってくれますよ」
「ユーモアで笑いを誘う歌もいいもんだ」
「真剣に生真面目に歌ってますよ」
「なんだそれ?」
「テレビの犬だって真剣に歌っていました。決して笑ったりしません」
「感動したか?」
「ぜんぜん」
「なにも犬まで持ち出して言い訳することないだろう」
「と申しますと?」
「要するにアンタはドキドキしないで傷つかなけりゃ好いんだろう」
「そうですが、それで?」
「家で寝てればいいじゃないか」
「ダメです。筋肉が萎縮して寝たきりになり来年のサクラも見れなくなります」

(「空白の22年間」より転載)
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2016年05月07日

今さら老人力

2016年5月頃 今さら老人力
早いもので洋楽カラオケに参加してから約半年。そこでは外国語で歌うことになっている。私のように英語で歌いたいけれど歌えない人にとっては、とても有難い決まりだ。どっちでもいいよと言われたら英語では歌えない。本当は歌いたいのにね。

英語で歌って意味わかる? と聞かれたことがある。殆ど分からないが、歌う曲については調べるので少しは分かる。なぜ洋カラ? と聞かれれば英語が好きだからと答えたいが言えない。出来ないのに好きだと言えば変な人と思われる。しかし、書くときは何も気にしない。だから下手でも書くのが大好きだ。

カラオケを始めたのは65歳のときだった。それまではカラオケ嫌いと思われていた。そんな私が殻を破ってカラオケを始めたのは、チャンスに恵まれたからだ。2005年頃のことだが老人クラブのヒヨコ英語教室で知り合ったAさんから下手同士でカラオケ行かないかと誘われた。

これがカラオケを始めた切っ掛けとなる。Aさんは高齢者のカラオケクラブに入ったが、初心者なので練習をしたいと言う。だけど一人で行くのは嫌だから練習仲間を探していたようだ。もう一人はBさんと聞いて安心した。

オンチは充分承知の上で選ばれたのだ。そういうことならやってみたい。オマケに秘密にしようと言うのだから有難い。誰にも知られることなく伸び伸びと歌えそうだ。あれから10年たったが依然としてオンチのままだ。直らないし克服もできない。楽しく付き合って行くしかない。Aさんともね。

隠し事が多くて恐縮だが、若いころから英語で何か歌いたいと密かに夢を抱いていた。これは純粋に夢であって本当に歌えるとは思っていなかった。こんな状態でも「洋カラ参加者募集」の誘いがあると心は揺れる。思い切って参加することにした。オンチで英語もろくろく出来ない私にとっては唯一のチャンスだからね。

半年たっても散々だが恥ずかしさよりも歌いたい思いの方が勝っていた。恥は隅っこに追いやられ、真ん中にはその思いがデンと居座っている感じだ。高齢になると羞恥心は薄れるから有難い。昔提唱された老人力が今になって付いて来たのだ。何をやってもノロマな私だが、この頃はゆったりした気分を楽しんでいる。
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2016年02月13日

寅さんってこんなもんか

2016年2月頃 寅さんってこんなもんか
洋楽カラオケ(洋カラ)を始めて3ヶ月たったが、依然として足踏み状態が続いている。思ったより百倍も難しかった。諦めても良さそうなものだが、他にやりたいことも出来ることもない。ただ外に出て歌っている限り我が身は安全、健康が保たれるのだ。

不本意ながら先天的音楽機能不全である。他の機能も万全ではない。スポーツ、ゲーム、金勘定等、何をやってもハンディが大き過ぎて楽じゃない。何事も人並みには出来ないのだから嫌になる。カラオケだって出来ないものの一つに過ぎない。

映画「男はつらいよ」の寅さんが大好きだ。天真爛漫、呑気そうで羨ましい。いつもマドンナに惚れて悩んでいる。一見マドンナさえ居なければ幸せと思える。だがそれは物事の一面に過ぎない。もし寅さんに女性の悩みが無かったら彼の人生は真っ暗だ。

インチキ商品は売れるだろうか。嘘がバレて商品に関する苦情が殺到するのではないか。テキ屋稼業に未来はあるのかとか悩みは尽きない。しかし寅さんは女性に惚れて幸せ、尽くして幸せ、そして捨てられても幸せなのだ。そうでなければ48回(「男はつらいよ」の作品数)も振られるはずがない。

顔で笑って心で泣いて、ひたすらマドンナの幸せを願いキレイに別れる。これぞ男と自画自賛して喜んでいるのだ。私も寅さんと同様に片思いしている。女性ではなくカラオケにね。実は密かに自画自賛しているのだが、それは書かないルール。寅さんみたいに笑い者にはなりたくないからね。

ところで私の母は歌が上手で詩吟の先生もしていた。私にもその血が流れている筈だが現状は厳しい、なかなか伴奏に合わせて歌えない。前回のカラオケ会では、伴奏に遅れて困ったので、一生懸命練習したら、今度は早すぎて伴奏の方が追い付かなくなってしまった。歌っていると、なにやら会場がざわつき出した。

笑い声も聞こえる。私は一生懸命だが周りはそうでもないようだ。この光景はどこかで見た様な気がする。そうだ、映画「男はつらいよ」の寅さんだ。彼はマドンナの為を思って一生懸命尽くしているのに、周りの者はどうせ振られるのにと冷ややかに笑っている。長いあいだ寅さんに憧れていたのにガッカリした。なんだ寅さんって、こんなもんだったのか。憧れて損した。

毎週土曜更新、またの訪問をお待ちしています!
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2015年12月26日

俺はお前に弱いんだ

「オレオレ」と言われて何故か嬉しかった。私は居るのか居ないのか分からない人。ハナちゃん、タロちゃんの世界でも私だけは中波さんと呼ばれ他人行儀だ。何となく寂しい状況が見えて来ると思う。多分面白味がないから親しめないのだろう。

ところで、なぜオレオレかと言うと、カラオケで偶然「俺は待ってるぜ」と「霧笛が俺を読んでいる」を歌ったら”オレオレちゃん”と声がかかったからだ。寂しさを胸に抱いていた私は嬉しくなり、つい調子に乗って「俺は寂しいんだ」もやってしまった。しかし、ここまではイントロの部分、本当に歌いたいのは「俺はお前に弱いんだ」。いつの日かカラオケ会で歌ってみたいと思っている。

「なんでシニアネットのカラオケ会なんだ」
「そこが私にとって最高の舞台だからです」
「他にも行っているのか?」
「はい、4人でね。そこでは私が一番若いのです」
「なんだ、年寄ばかりか」
「そうなんですよ。自然減が寂しいですね」
「しぜんげん?」
「はい、最近お亡くなりになった方も居られます」

ともかくカラオケ会で「俺はお前に弱いんだ」を歌い、あの名セリフを言ってみたいのだ。
「しょうがない娘だな甘えてばかりいて…」
とかね。この考えを先輩に話すと、
「いいじゃないか。ちょっとふざけて言えば笑いが取れるかも」
「このセリフは心を込めて語りたいのです。愛しているから不幸にしたくない。こんな想いを表現できればと思っています」

歌が下手だから笑って楽しんでもらおうと言う発想は先輩も私も同じだが、アプローチの仕方がぜんぜん違う。それに私は大勢の前でふざけたり出来ない性格だ。例えば、映画「男はつらいよ」の寅さんは大真面目で恋を語り愛を語ったり、似合わないことばかりして観客の笑いを誘っている。私の狙いはそこにある。

自慢じゃないが寅さんよりモットモットみったくない。その私が格好つけて、「しょうがない娘だな甘えてばかりいて…」とか、キザなセリフを言えば、それだけで笑いの渦が巻き起こり、場が盛り上がるのではないか。

「それで…、実行したのか?」
「慎重かつ前向きに検討しているところです。笑いを取るのは簡単ではありません」
「まだやってないんだな。そりゃ良かった」
「はい、頑張ります」
「ダメダメ止めときな」
と、先輩は私の名案にいつも水を差す。
「はぁ? なんでですか」
「シーンと静まり返ったらどうするんだ」

笑いの嵐でも感動による静粛でも、どちらでも良いではないか。肝心なのは感動を与えることである。仮に心から感動して胸をときめかせた方が居たとしても、私はそれでいいと思う。笑い・泣き・胸をときめかせてこその人生ではないか。

「ところで、自分より下手な歌を聴いたことあるのか?」
「全然ありません! みんな凄く上手いのですよ」
「それが何を意味するか良く考えるんだな」

良く考えたら分かった。何ということもない。私が一番下手なのだ。しかし分かるまでの道のりは長かった。自分が経験しないことを、頭だけで理解することは難しい。
「分かりました。何もセリフなんかで工夫する必要はないですね。今のままでもかなり可笑しいのに誰も笑いません」
「そこが肝心だ。寒気がして笑えないんだよ」

下手な歌を聴かされるのは辛いことらしい。爺さんが幼児のように真剣に歌っている姿が目に浮んだ。聞いている方は笑うどころか、恥ずかしくて凍り付くかも知れない。「俺はお前に弱いんだ」のセリフなどを入れたら、我慢の限界を超えて爆発するかも知れない。おお怖い。怖い怖い。
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posted by 中波三郎 at 22:00| Comment(0) | あの歌この歌

2015年12月12日

初めての洋カラ

2015年12月頃 初めての洋カラ
2016年の目標は英語の歌を覚えること。と言っても習うのではなく、自分で勝手に練習して適当に歌うだけ。それには理由がある。音痴で英語力も無い、オマケに口が回らない。ここを直せば好くなるとか言われても直せないのだ。

若い時は英語が大好きだった。ただ好きなだけで学校で習ったわけではない。子供の私は勉強嫌いの英語ファン。普通の子がプロ野球選手に憧れるようなものだった。1946年に建設されたワシントンハイツ(合衆国空軍ワシントンハイツ団地)の風景を外から見てアメリカに憧れたのだ。緑の芝生に洒落た家、カラフルな自家用車、まるで夢の世界である。

2015年の秋、洋楽カラオケの会が立ち上げられると聞いた。こんな機会は一生に一度しか回って来ないので是非参加したいと思った。英語の歌と言うのは格好いいセリフの塊だから歌えれば気分が好いかもしれない。何も知らないまま夢だけが膨らんだ。

Yowkaraの案内メールが流された。そこには「洋楽に興味のある方なら、どなたでも大歓迎」と書いてある。あるある大いにある。オンチでも結構とは書いてなかったが遠慮なく参加させてもらった。やはり歌うのは難しかった。それなのに何故か歌いたい想いだけが募って来た。

半世紀も前のことだが、英語も多少関連する職に就くと、大好きだった英語が次第に嫌いになり、大嫌いになった。向いていなかったのだ。しかし退職して15年もたつと英語が懐かしくなってきた。英語で話したり歌ったり出来れば楽しいと思う。話すのは無理なので歌うことにした。これも無理な独り相撲だが。

カラオケを始めたのは65歳になってからだった。若い時は下手な歌を歌えば恥をかくだけだが、高齢者になると健康にいいと言ってくれる人もいる。好きだから歌っているだけだが、その流れにはシッカリと乗せてもらっている。

それから10年後、恐れ多くも洋カラに挑戦。普通ならリングに上がった途端にバタッと倒れノックアウトだが私は後期高齢者、人間機能的には既に死んでいる。何をやっても「ジイサンだからしょうがない」と周りが諦めてくれる。高齢化の流れがグイグイ私の背中を押してくれたのである。

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2013年09月02日

三本の矢

オンチがカラオケを続けるには工夫が必要だ。歌はダメなんだから、あるがままでは気分が持たない。知恵が必要になって来る。相変わらずオンチの浅知恵を巡らせている。

「今だって歌うのは恥ずかしいのですよ」
「そりゃそうだろう。オンチだからな」
「分かってください。この気持ち」
「何のために?」
「少しでも居心地を良くしたいのですよ」
「カラオケ会でか?」
「そうです。カラオケを楽しむ為の第三の矢を考えました」
「第三の矢?」

楽しむ為の第一の矢は、自分の歌を録音して聞かないこと。聞いたら自分が嫌になる。気分よく歌いたいなら己を知らないことが第一だ

第二の矢はカラオケを習わないこと。ここを直せばもっと良くなると言われても、それが出来ないから下手なままなのだ。それでいろいろ工夫している。私が皆様の為に出来ることは、人様の歌を心から楽しんで聴くこと。それに挨拶と拍手くらいだ。

第一と第二の矢は自分ひとりで出来ることなので既に実施済み。問題は第三の矢だ、こればかりはどうしても一人で出来ない。皆様の協力が必要である。

「実は先輩にお願いしたいことがあります」
「金と労働以外なら何でも聞いてやるぞ」
「上手いとか下手とか言わないで下さい」
「上手いなんて言えるわけないだろう。下手は俺の腹にグッと飲み込んでやる」
「有難うございます。評価を受けないことが第三の矢。皆様の協力がなければ出来ないのです」
「分かった分かった。何も言わないから心配するな」
「拍手はしてもいいですよ」

下手とは思うけど改めて言われると辛い。それに99%ダメと思っていても、1%の可能性を信じたい気持ちが心の片隅にある。だから止めを刺して欲しくないのだ。

その点拍手はいい、自分で勝手に解釈できる。手を叩く方は「あ〜ぁ、やっと終わったか」と思いながら拍手しても、私には「ガンバッタネー。前よりマシだよ」と、優しい励ましに聞こえる。

改めて整理すると、「自分の歌を聞かない」「カラオケを習わない」「評価されない」これが私の成長戦略「三本の矢」である。

「そんなことで何が成長するんだ」
「気分です。歌うっていいな〜。という気持ちがどんどん成長するんです」
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2013年09月01日

運命のカラオケ会

オンチなのにひょんなことで歌うことになった。正確に言えば、ひょん、ひょん、ひょん、ひょん、ひょんなことでカラオケを始めたのである。 つまりチャンスは5回もあった。

60代半ばでのことだった。この中の一つの「ひょん」でも欠けたら、人前で歌うことはなかったと断言できる。だからタイトルは「運命のカラオケ会」だが、事実のみを淡々と書くのが私のポリシーである。

「実は幾つかの偶然が私をカラオケの世界に導いたのです」
「そうかい。格好つけずに普通にしゃべれよ」
「分かりました。それでは事実だけを簡単に話します」

<Aさんが私を6年前にカラオケに誘った>
2007年、「ヒヨコ英語教室でお馴染みになったAさんから誘われた。3人の初心者が交替で歌うだけのカラオケ会。Aさんは私がオンチなことをよく知っているので安心して誘いを受けることが出来た。

<地元のラジオで元プロ歌手をゲストに>
コミュニティFMラジオ局の番組で中島公園の話を頼まれたが一人では心細いので元プロ歌手のOさんにゲスト出演のお願いをした。

<カラオケクラブ例会>
当時Oさんが会長だったカラオケクラブ例会に、放送の参考にしようと思って見学に行った。しかし会員にとっては私はただの参加者。歌いたいから来たと誤解され半強制的にステージに連れて行かれた。

「銀恋」の伴奏が始まった。お相手も来てくれたので急に歌いたくなった。「3人カラオケ」を始めて半年くらいたっていたので、その気になったのだと思う。

今でも不思議に思っているが、この文章には、幾つかの偶然の出来事が書いてある。その内の一つでも欠けていたら、今のようにカラオケを楽しんでいることはないと思う。

偶然出会った小さな出来事の連続が私の人生を左右していることに気付いて不思議に思っている。それでタイトルは「運命のカラオケ会」とした。大袈裟ではないょ。
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