2019年01月12日

得意になると笑われる

私の身近では音痴で、しかも同類同士で愚痴りたいと言う人は居ない。仕方がないのでネットで探すことにした。ネット上には有名な「ハゲの会」があるから「音痴の会」もあると思ったのだ。それをキーワードにしてグーグル検索をしたら、私の「音痴のカラオケ そのまま楽しもう!」がトップで表示された。

ただし私のパソコンではね。パーソナライズド検索というらしい。情報の受け手にとっては便利だが、発信者としては迷惑千番な機能である。今までぬか喜びさせられていたことが分かってガッカリした。全く罪作りな新機能である。

結局、「音痴の会」の様なものは見つからなかった。ハゲ同士は語り合えるのに音痴には語り合うチャンスもない。人種差別からハゲ差別に至るまで、いろいろな場面で話し合いが行われ、表立った差別は減る傾向にある。しかし音痴は公の場所で議論されることも無いから、見えない差別が生き続けている。

音痴との闘いは自分との闘いである。一方、相手のある闘いには必勝法がある。例えば私はQPとの闘いに、この必勝法を駆使し大勝利を得た。そして憧れのノンビリ生活を手に入れた。必勝法と言っても大したことではない「挨拶・お世辞・絶対服従」の励行である。しかし勝利への道のりは長い。3年もかかった。

長い付き合いの同居人QPは分かり易い人だ。「ダメダメ、あんたが悪い」の一点張りだから、闘いは「僕が悪かった」の一言で、好きな時に止められる。おまけに騙しやすい。3年たったある日突然、私が主人でQPは奴隷になっていることに気がついた。

QPが進んで挨拶をして、お世辞を言うようになった。私の態度が好くなったので真似しているつもりかも知れない。服従についてはサービスを受ける一方だから、確認するチャンスがない。三度の食事から掃除、洗濯とか何でも進んでやってくれるのだ。

一方、音痴との闘いを始めて3年たったが、目に見える進歩はない。自分との闘いはまるでコンニャクと豆腐の叩き合いみたいで、歯ごたえも手応えもない。一見、泥沼状態で動けないように見えるが、薄日は射している。それは何かと言うには、ちょっと早すぎる。ここは我慢だ。この程度で得意になると笑われる。
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2019年01月05日

カテゴリの説明

カテゴリの説明
ヒトとしての能力の低い人間だから、スポーツ・ゲーム等、何一つ得意なものがない。歌も苦手なものの一つに過ぎない。無趣味と言うのも味気ないので、趣味はカラオケと駄文を書くことにした。カテゴリの一つひとつについて感想を交えて説明したいと思う。

音痴とは
いささか遅きに失するが、75歳にして真の音痴であることを自覚。そして対策を考えた。先ずは音痴とは何かを知るところから始めた。音楽用語で音痴とは「大脳の先天的音楽機能不全」のことを指すそうだ。ならばパラリンピックがあるように、パラオンチック? があったらいいなと夢想する。

カラオケを楽しむ
二人、三人、四人と少人数でカラオケを楽しんでいるが、お喋りが多く私の歌など誰も聞いていない。気楽でいいけれど物足りない。それでシニア団体のカラオケ会にも参加している。皆上手いので、音痴の私は勇気を振り絞って、緊張しながら歌っている。気楽に歌えるところ、緊張するところとか、いろいろあって面白い。高齢になった私は、昔を懐かしみ懐メロを楽しんでいる。

音痴の洋カラ
音痴で滑舌が悪く英語が苦手なのに何故か英語の懐メロを歌うことが大好きだ。長い間、聴くだけだったが、千載一遇のチャンスに恵まれて、後期高齢者にも関わらず洋カラを始めた。ダメなものはダメと思うが、止むに止まれぬ気持ちもある。肝心要の歌は蚊帳の外。それでも楽しいのは老人力がついたからだ。

音痴の気持ち
音痴の私の最大の望みは普通になること。差し当たっての目標は、以前の自分よりは良くなることだが、一進一退で難しい。まるで普通学級に入った障害者の様な気分だ。それでも歌うことは大好きだ。楽しむ環境を整えてくれた皆様のお陰と感謝している。

音痴のネット勉強
音痴な私は、こうしたら良くなると言われても直せない。だから習いたくても習えない。と言う訳でネットを参考にして独習することにした。もし私を人並みにしてくれる先生がいたら百万かけても惜しくはない。しかし、足りないかもしれない。音痴も老齢も不治の病のようなものだ。やはりネットで独習!

「音痴のカラオケ」のPR
悶え苦しみつつカラオケを楽しんでいる人の為に役に立ちたい。その為には多くの人たちに読んで欲しいのだが、お願いはできない。SEOと言うそうだが、グーグル等の検索エンジンに評価されて上位に表示されたいと願っている。10年前なら効果的な対策が出来たが、ネット環境の進化について行けなくなった。

あの歌この歌
音痴が歌についてアレコレ言うのは可笑しいと思う。逆に言えば音楽については、音痴が書いたものを読む機会は少ない。私は読みたかったがネットでも本屋でも見つけることが出来なかった。間違っているかも知れないが、誰も書かないのなら私は書きたい。オンリーワンの持つ可能性を信じて賭けてみたいのだ。

その他
音痴のカラオケ以外の話題。

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2018年12月29日

何かと手こずる「16トン」


小学6年の思い出は知恵遅れの同級生K君のこと。彼は授業中に教室内を自由に歩き回っていたが、先生も注意もしないし生徒も気にしていなかった。ところで、私もK君と同じように、教室ならぬカラオケ会で自由に歌って楽しんでいる。

ある日、K君は授業中にストーブをいじって顔面に大火傷した。そして学校に来なくなった。彼は皆に好かれていたが、それだけではダメだ。なぜ思い出したかと言うと「16トン」を歌って、またもや失敗してしまったからだ。普通学級に居たK君みたいな私だ。これでいいのだろうか?

私なりの成功・失敗の尺度はある。「成功」と言っても大したことではない。普通の人が無意識でやっていることだ。つまり、カラオケ画面の字幕の色の変化に合わせて歌える様になることである。洋カラ始めて3年たって何とか出来るようになった。そう思って歌ってみたら、久しぶりにズレてしまってガッカリした。

原因は一杯の焼酎、酒の勢いで「16トン」と決め、歌う番が回ってきたころには酔いも回っていた。足がもつれたように口が回らなかったが、教訓を得た。酔えば口は遅くなる。そんなことを考えていたら、半年前の小樽・札幌合同カラオケ例会でも歌いそこねたことを思い出した。何かと相性の悪い16トンだが、失敗したから僅かながら成功の種を蒔けたと思う。

話は戻るが、歌い出しは手拍子とってくれる方もいて気分が良かった。やがて手拍子が止まり、緑色の字幕の変化が先に行ってしまった。つまり遅れだしたのだ。追いつく前にカラオケマシンが機嫌を損ねて止まってしまった。これはジョークでなく事実であることを念のために申し添える。威張ることじゃあないけどね。

温かい配慮により、もう一回歌う機会を与えられた。今度こそ失敗しないぞと思って歌ったが、やはりズレてしまった。酒は弱いけれど好きだ。目の前に酒を置いて順番が来るまで我慢するのは拷問みたいなものだ。こんな場合に限るけれど、酒を取るか歌を取るかと言えば酒をとる。次は音程かなとか、更に難しいことに取り組もうとしている矢先に、まったく困った酒だ。

音程より、更に難しいのが発音なのに、愚かな私はワザワザ英語で歌いたがる。完全な日本語脳の持ち主なので発音は手に負えない程むずかしい。音程以上の難問である。纏めると洋カラは出来ないことの塊だ。不可能への挑戦と言いたいのはやまやまだが、私にとっては途方もない時間つぶしである。負け惜しみじゃないけれど健康には良いんだよ。お陰様で悩み無し!

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2018年12月22日

霧笛が俺を呼んでいる

カラオケ会で「霧笛が俺を呼んでいる(赤木圭一郎)」を歌った。解説とか話したいことは山ほどあるけれど、音痴は音楽を語れない。日本語が読めない外国人が、源氏物語を語るような感じかな。それと幼児が哲学を語る感じかも知れない。

話すと書くとでは大違い。口で語られれば嫌でも聞こえる。書いたものは嫌なら読まなくてすむ。選択権は完全に受け手にある。そんなつもりで書いているが、幾らかの人が読んでくれるから有難い。お陰でモチベーションを維持できる。

下手な洋楽を歌いたがるのは洋画が好きだったから。昔「第三の男」と言う英国映画を観た。10年くらい後に、それを真似したような邦画が上映された。「霧笛が俺を呼んでいる」である。最初は何じゃこれと思い。次第に「第三の男」のパクリじゃないかと感じてきた。最後には凄く面白い、または観たいと思った。 以下、「第三」と「霧笛」に短縮する。

「第三」のホリー(ジョゼフ・コットン )は売れない作家、「霧笛」の杉(赤木圭一郎)は航海士との違いはある。ホリーも杉も久しぶりに友人に会いに行こうとすると死んでいる。いずれも謎の死である。二本の映画は、このような滅多にない状況で始まる。

第三のホリーの旧友、ハリー(オーソン・ウェルズ)は粗悪ペニシリンの売り捌きで儲けているが自動車事故で死亡。杉の旧友、浜崎 (葉山良二)は麻薬の売人だが自殺した。両方とも、かっての親友が悪の道に染まり謎の死を遂げるという筋書きだ。しかし、事実は両人とも当局の追及を逃れるため死んだふりしていたと言うのだ。違う映画なのに全く同じ筋書きとはやりすぎだ。

死んだふりの悪玉にも、それぞれに恋人がいる。ギャングは何故か女にもてる。ハリーの恋人は芯の強いアンナ(アリダ・ヴァリ)、そして浜崎の恋人は優しい美也子(芦川いづみ)。ホリーはアンナに、杉は美也子に出会い、恋心を抱くところまで一緒である。霧笛はまるで第三のコピーみたいだ。

ハリーの所属する粗悪ペニシリン販売組織は英軍憲兵のキャロウェイ少佐(トレヴァー・ハワード)が追及し、浜崎の所属する麻薬組織の捜査は森本刑事(西村晃)の担当。「ホリー、アンナ、キャロウェイ」「杉、美也子、森本」の二つのグループが真相究明に当たるところまで、二本の映画はそっくりだ。そこまでやっていいのなら、私にも誰かの真似して書きたいものがある。それは「臼淵磐物語」、知る人ぞ知る人物である。

他にも似たところはいろいろある。二本の映画はそっくりだが、観た印象はまるで違う。骨だけ同じで外見が全く違う二人の人間を並べたようなものだ。だから映画は面白い。ところで芦川いづみと吉永小百合は、特に光っていた。このような美しい女性が綺麗な言葉で語るシーンはもう観られないかも知れない。

映画「霧笛が俺を呼んでいる」を観たのは二十歳頃だ。何をやっても上手く行かず職を転々としていた時期である。気分転換には日活の無国籍アクションが一番だった。

書くために二本の映画をレンタルビデオで改めて鑑賞し、そしてカラオケ会で歌った。思い出のシーンをバックに歌うのも楽しい。若者の私がそのまま化石となって歌った。音痴も年も忘れて3分間の夢を楽しむ。それを許してもらえることが嬉しい。

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2018年12月15日

びくびくして歌うな

カラスはカーカー、スズメはチュンチュン鳴いている。ヒトだって歌いたいだろう。カラスもスズメも大勢でカーカー、チュンチュンやっている。ヒトだって他のヒトと一緒に歌いたい。それなのに何故か、カラオケが嫌いな人がアチコチにいる。

いろいろ考えたが理由は、歌うたびに嫌な思いをするからだろうか。ワザワザ嫌な思いをすることはないと思う。私は元カラオケ嫌いだったが、偶然に導かれて65歳からカラオケを始めた。仲間の温かい配慮により好きにさせてもらった。

と言っても、調子っぱずれでガンガン歌われても困るだろう。仲良し会のようなものでも、優しいばかりではやっていけない。この辺りの加減は難しい。音痴のマナーの第一は、仲間の歌をよく聴くことと思う。他にも沢山あるけれど、簡単に言えば嫌われない音痴になることである。これが私の第一目標、その後のことはゆっくり考える。1年365日全部自分の時間だからね。

ところで、採点モードは音痴にとっては辛いツールらしい。カラオケの会にはいろいろ行っているけれど、幸い採点モードにするところはない。いつも消費カロリーが表示されている。上手な人の方がカロリー消費が多いようだ。私のカロリー消費は何故か少ない。びくびく歌っているからだろうか?

私自身はびくびくしているという感じがしない。ところが伴奏に合わせられない、どうしたらいいかと焦りながら歌うことはよくある。傍から見れはびくびくしているように思うかもしれない。テレビドラマでそんなシーンを見たことがある。その後彼女は恋人の特訓を受けメキメキ上達し、最終的には歌手になる。羨ましいねぇ。

初めて洋カラの会で16トンを歌ったときは大失敗。私の癖のせいでそうなったのだ。いったん始めたことは、状況が変化しても最後までやると言う悪い癖である。歌っている時は常に一生懸命で、恥ずかしいとか思う余裕がない。伴奏にメチャクチャ合わないのに最後まで歌った。又やってしもうた。m(_ _)mスマン

「音の高さって、人間の感情とリンクしてる」と聞いてなるほどと思った。「歌を楽しんで歌うことに、デメリットは一個もありません。歌は自分の心と密接につながっていることを理解してください」。これらのことは肝に銘じたいと思う。心に太陽を、唇に歌を持てとか聞いたことがある。同じ阿保なら歌わにゃソンソンというのもあったかな?

以上5個の記事は、いちまろさんの唱える「音痴がカラオケを克服できる5つの法則!」を参考にして書きました。ありがとうございました。

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2018年12月08日

音域が合わない曲を歌うな

音痴は生まれつきだから仕方がないと気にしていなかった。自分が楽しければ好いんだという言葉を真に受けていたのだ。一人で家族にも聞こえないよう歌うのなら、いいけれど、困ったことに人前で歌うのが大好きだ。カラオケの会に参加するのなら、音痴丸出しではいけない。出来るだけの努力をすべきである。これが音痴の責任と言うものだ。胸を張るほどのことでもないけどね。

そう決心して4月1日、エイプリルフールの日にブログ「音痴のカラオケ」を開設した。何事も黙ってやれないのが私の悪い癖だ。成長の過程をブログに書いて見守ってもらおうと言う魂胆である。ところが半年たっても何の進歩もない。そのような訳で、自称音痴のいちまろさんの唱える「音痴がカラオケを克服できる5つの法則! 」を参考にして勉強することにした。今回は禁止事項3項の「音域が合わない曲を歌うな」である。

音域が合わない曲と言っても私にはよく分からない。歌いにくい曲のことかも知れない。それで一番に思い出したのはシャレードだった。いろいろあるがアンディ・ウィリアムスの歌を参考にしている。楽譜が読めないからCDを聴きながら歌う練習をする。効果のほどは分からないが、この方法しか思い付かない。

シャレードは映画でもテレビ刑事コロンボ(魔術師の幻想)でも全編に流れている。両方とも何回も観た好きなドラマだ。もちろんCDでは数え切れないほど聴いている。ゆったりとしていて歌い易いと思ったが大間違い。大いに手こずってしまった。もちろん上手く歌おうとしたのではない。私のような音痴の人に歌らしく聞こえればいいのだが、それも出来ない。

「音域が合わない曲を無理して歌うと、一番盛り上がるサビで、1オクターブ下がったり、悲鳴のように聞こえたり、蚊の鳴くような裏声になる」そうだ。残念ながら自分には分からない。ただ何回も繰り返せば歌える様になると思っていたが、それも違う。へんてこなまま固定されてしまうから困ったものだ。コツコツ貯金と言うとことにはならないのである。コツコツは得意なんだけどね。

データを積み上げて整理し検索し易くする。そうすれば後で役に立つものになる。そういうものを長い時間をかけて作るのが好きだ。データは裏切らない。自己流でもそれなりのものが出来る。しかも役立てることが出来るのだ。

しかし歌の世界は全く違う。一人でコツコツ歌っても、自己流では歌えば歌うほど悪くなる場合も多い。音痴を克服してやろうなんて、どう考えても後期高齢者になってから志すものではない。しかし、そこが面白い。もう得意なことをするのに厭きた。不可能と思うことをやってみたい。負け惜しみでないよ。

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2018年12月01日

一人で歌うな

 前回のブログに「恋人よ我に帰れ」の恋人をラバーと書いたが、ラヴァーではないかなと気になって来た。それでメモ用紙にラヴァーと書いて連れ合いに読んでもらうとラバーと言った。カタカナは日本語だから、見た日本人がどう読むかも重要と思う。我が家では半々だが日本人全体ではどうだろうか。

確かにラヴァーと読む人が増えているが半数には達してないと思う。それで迷いながらVもB表記にした。音楽のことなど書く予定がなかったが、たとえ「音痴のカラオケ」でも音楽の記事だ。そのため曲のタイトルを書くことは避けて通れない。音楽について書いたことのない私にとっては、初めて直面した事態だ。

「音痴な奴の、カラオケ5つの禁止事項」の第二は「一人で歌うな」である。皆の力を借りろと言う意味だと思う。それで「漕げよマイケル」を歌うことにした。これなら皆が知っているし、繰り返しが多いから一緒に歌ってもらえそうだ。そこまでは好かったが、歌い始めると伴奏からどんどんズレて来て焦るばかりだ。

そのうち合うだろうと言う空しい期待は外れた。それでもカラオケマシンは何事も無かったかのように伴奏を続ける。まったく困ったものだ。大きく外れたので誰も一緒に歌ってくれなかった。ともかく先が楽しみだ。失敗は成功の母と言うからね。

もう一つ大切なことは音痴であることを皆に知ってもらうこと。歌う前に一言ことわり、一緒に歌ってもらうように頼むのもよいそうだ。そういうことは苦手なので、皆さん宛にメールを書いた。

いきなり歌うと何でこんな人が、ここで歌うのかと違和感を持たれると思ったからだ。音痴なのに何故カラオケ会に参加したいのか理解してもらう必要性を感じたのである。恥ずかしいけど隠し通せるものではないからね。

例えて言うと、私は普通学級に入っている耳と喉が不自由で歌が大好きなカメ。ドジでノロマのカメ。そして、何も知らずにガンガン頑張っている幸せになカメ。自分で言うのも気が引けるけど、私は自分が大好きで嫌いになれない人。出来れば人にも好かれたいが、それは最終目標。まだ早い。

今回のテーマは二つあった。一緒に歌ってもらうことと、音痴であることを知らせることである。みんな一緒に歌ってもらうことには失敗したが、音痴だけど歌いたいと言う気持ちは分かってもらえたような気がする。何でそこまでしてと思うかもしれない。

実はスポーツ・ゲーム・歌・楽器の全てが苦手なのだ。短いのは三日、長いのは3年、やってみて出来ないことを確認してから止めたのだ。何も出来ない私は、苦手なことでも趣味にしなければならない。他に方法が無いのだから悩みも迷いもない。何も考えずに歌うことを楽しんでいる。無趣味と言う選択肢もあるけれど、今は横に置いておくことにする。最後の手段だからね。

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2018年11月24日

バラードは歌うな

10歳くらいから英語ファンだったが、英語は全然できないし勉強する気もなかった。野球をしたことがない野球ファンに似ている。アメリカ人のペンフレンドもいて、クリスマスにプレゼントを送ってもらって凄く嬉しかった。1950年代には安い料金でペンパルを紹介してくれて、手紙の翻訳をしてくれる会があった。だから英語ファンは私だけではない。威張ることではないけどね。

10歳から洋画を観ていた。その影響でジャズが好きになった。タイトルもシーンも忘れたがゆったりとバックで流れていたラバーカムバックトゥミイのメロディーが忘れられない。後で考えると、あれがバラードと言うものかなと思った。まるで夢の世界だ。多分あれは戦前に作られた映像と思う。戦後になるとパティ・ペイジが歌う様なアップテンポが主流となった。音痴はバラードを歌ってはいけないそうだから、私にとっては好かったかも知れない。

75歳にもなって洋楽カラオケを始めた。何十年も聞いてきた曲だから練習したら歌えると思ったが大間違いだった。ブルーハワイのような、ゆったりした曲は歌い易いと思ったのだが、歌い始めたら何か違う、あれれ、変だ変だと思っているうちに終わってしまった。関係ないかも知れないがバラードと言えば思い出す。

ゆったりした曲を繰り返し歌っても良くなっているのか悪くなっているかサッパリ分からない。テンポの速い曲なら口が回らないのが回るようになることだけは分かる。リズムも歌詞の色が変わるから合っていないことがハッキリする。

問題は音の高低だ。「バラードは歌うな」と言うのは最もだ。ゆっくりで歌い易いと思ったが大間違いだった。カラオケを始めてから大間違いが多すぎる。私は歌うための脳が足りないノータリンである。音痴は親からもらった負の遺産、私の代で借金はゼロにするつもりだ。今は一生懸命精進して音痴を克服する覚悟だ。明日になれば話は別だけどね。明日は明日の風が吹く。

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2018年11月16日

音痴と二人連れ

ユニークなブログを目指しているのでなるべく人が書かないことを書きたい。それでタイトルを「音痴のカラオケ」と決めた。念のため同種のブログはないかとネットを探すとあった。音痴がカラオケを克服できる5つの法則! - #いちまろ夫婦である。

78歳の私とは全く違う世代の方なのでホッとした。記事は簡潔明瞭で分かり易い。しかも説得力がある。三年間音痴で悩んできたが、全てが思い当たることばかりだ。さっそくこのブログに沿って勉強することにした。開設して半年間は思いつくまま書いてきたが、心棒の様なものが欲しくなってきたのだ。

何と言っても「音痴を克服するのではなく、歌を楽しめるようになってくださいね!」という最後の一言が気に入った。音痴は半世紀以上も私の体内に根を張っているのだから、別れられるはずがない。歌いたいのなら一緒に楽しむより他はない。音痴とは連れ合いの様なものだと思う。

それに私には音痴を直す時間が残されていない。すでに78歳だから、このまま歌を楽しむ方法を身に着けるのが一番だ。その第一歩として前述のブログに書いてあった「音痴な奴の、カラオケ5つの禁止事項」から学びたいと思っている。

その5つとは、
 1バラードは歌うな
 2一人で歌うな
 3音域が合わない曲を歌うな
 4採点をするな
 5びくびくして歌うな
である。

禁止事項を守りながら、一つ一つやってみて、その体験をここに書いてみたい。目的は嫌われない音痴になってカラオケを楽しむためである。さらなる目標は好かれる音痴! これはなかなか難しい。運が好ければなれるかも知れない。

だいたい週1回の更新、おおよそ土曜日に更新、
次回のテーマは「バラードは歌うな」。
posted by 中波三郎 at 09:41| Comment(0) | 音痴のネット勉強

2018年11月05日

開設はしたが

札幌市中島公園についてのウェブサイト「中島パフェ」を15年前に開設した。10年間は順調にアクセスも伸びて行ったが、この5年間は下り坂だ。予想通りの展開である。中島公園に関わるネット情報が充実した結果なので喜ばしいことと思う。

今は「音痴のカラオケ」を開設して様子を見ているところだ。今のところはグーグル検索で1ページに出ているから良しとしている。これはお店を開いたら「美味しいラーメン屋が開店しました」とチラシを配るのと同じ意味を持っている。

次の段階は少しでも多くの人に読んでもらうことだが、これはとても難しい。チラシを見て食べに行ったら不味かったとすると、このラーメン屋はダメだと言う逆宣伝になってしまうのだ。二度と来てもらえない。

誰にも読んでもらえなかったとしても自業自得、私の様な愚か者が管理するサイトとしては普通のことである。その代わり読んでくれる人が現れたりしたら凄く嬉しい。宝くじを買って当てたような気分になる。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 「音痴のカラオケ」のPR

2018年08月25日

9月から「空白の22年間」更新

オンチは好きでないがオンチな私は大好きだ。私は自分を嫌えない人だからハゲてる私も大好きである。たとえ100%の女子大生から嫌われてもね。これはジョークではない。数年前にある企業が実施したアンケートの結果だ。私は予言する。君たちの多くは嫌いなハゲと結婚するだろう。新婚の時ふさふさでも潜在的禿頭症の男子は、決して少なくはない。

早いもので2018年4月1日に「オンチ(音痴)のカラオケ」を開設して5ヵ月たった。このテーマに興味のある未知の人にも読んで欲しいので、検索順位にも拘っている。この日の結果だが「オンチのカラオケ」「音痴のカラオケ」、いずれで検索しても1ページ目に表示される。私としては精一杯のPRだが手ごたえはホンの少し。音痴に興味のある人は少ないようだ。今のところはね。

そろそろもう一つのブログ「空白の22年間」に戻りたいと思う。生まれてから22歳までの記憶を又探りたくなった。存在を示す記録は、戸籍謄本と母に抱っこされた1枚の写真しかない。3歳くらいから22歳までの人生を、記憶を頼りに何とかして取り戻したい。

有れば捨ててしまうような物でも無ければ見たくなる。幼少年の頃はどんな顔をしていたとか、知りたいことは山ほどある。一つのことを思い出すと芋づる式に次々と思い出す。私は誰? どこでどのように育ったのだろうと、記憶をたどる旅は厭きることがない。物的手掛かりがないから興味が尽きない。

何時までも教育(今日行く所がある)と教養(今日も用事がある)と言ってはいられない。そう思って遠い将来のことを考えてみたら、そこには何もなかった。一方、過去を振り返れば宝の山。老化の進んだ私にはそう見えるから有難い。

9月1日(土)より「空白の22年間」を更新、「オンチのカラオケ」の更新はお休みです。
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2018年08月18日

すべて上手く行ったが?

考えてみると音楽だけでなく全ての機能が不全だ。体力もなくて不器用、しかも仕事が遅い。若い時は最低レベルの労働者だった。それでも悩んだことがない。いつも、この状態から如何にして脱出するかを一生懸命考えていた。そのため9年間も職を転々とし、24歳近くでやっと定職に就いた。

定職に付いたがノロマには向かない仕事だった。大抵の仕事はそうだけどね。しかし9年間求めて、やっと得た定職なので一生懸命働いた。職を転々とした経験から、辞めたくなければ我慢に我慢を重ねてクソ真面目に働くしかないことを知っていた。とにかく上手く化けて無事に定年を迎えることができた。

本当は怠け者なのに無理をし過ぎた。そのため外見と心の中が全く違う二重人格になってしまった。カラオケでも「ダイナマイトが150トン」とか、私らしくない歌が大好きだ。似合わないから止めろと言われるけどね。洋楽カラオケもその類だ。お呼びじゃないのに失礼している。

ところで、退職したら家でのんびりと思っていたが間違いだった。我が家は既に老妻の占領下にあったのだ。鉛筆一本でも好きな場所に置く自由はない。私の城と思っていた家の中で、こんなモンスターが粛々と育っていたとは夢にも思わなかった。

モンスターにはカイジュウで対抗すべきだが、変身できないので懐柔策をとった。先ず挨拶の励行、有難うの連発、一日に一回は「あなたの食事のお陰で長生き出来ました」とか感謝の気持ちを口にする。そして何事にも逆らわないことが肝心である。

忍耐に忍耐を重ねる懐柔戦は苦しくて長期に及ぶが、必勝の作戦である。多くの奥様方がこの作戦で勝利し家族を支配している。私だってあやかりたい。勝利の報酬は楽ちん生活だった。

すべて上手く行ったが何か足りない。何とかして二重人格を解消したい。そのためにカラオケでロック・アラウンド・ザ・クロックを歌っても違和感を感じさせない人になりたい、とか出来もしないことを考えた。それでいいのだ。現実はつまらない。

参考:現在の検索結果 オンチのカラオケ 音痴のカラオケ

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2018年08月04日

オンチ記念日

私は幸せ者だ。自分を縛る全てのことから解放されてノンビリと暮らしている。ところが大変なことを知ってしまった。それは人間が生きるためには適度のストレスが必要と言うことだ。でも大丈夫、カラオケは心臓がドキドキする程の緊張感を与えてくれる。

「私オンチです」と言うと次のような言葉が返ってくる「そうでもないよ」「楽しければいいじゃない」。そして歌の上手い人までが「私もオンチ」と言ったりする。何が何だかサッパリ分からない。

それでオンチのことを詳しく知りたくなった。手掛かりの一助として「オンチのカラオケ」を開設したが、全国のオンチよ団結せよとか訴えるつもりは毛頭ない。大勢のオンチに取り巻かれたら大変だ。考えただけで身の毛がよだつ。

オンチのことを真剣に考えるようになったのは、およそ3年前からだ。始めて英語で歌ったら、なかなか上手く行かない。こんな筈はない何でこうなるんだと戸惑った。そして私こそ真のオンチだと気が付いた。つまりパンドラの箱は開けられたのである。

その歌はダメねと君が言ったから洋カラ初日はオンチ記念日
大好きな「サラダ記念日」を真似て記念日を制定した(笑)。

パンドラの箱からは不安、悩み、羞恥、後悔が溢れ出て残ったのは希望だけだった。新しい自分を発見して俄かに希望が湧いて来た。先天的音楽機能不全か、つまり生まれつきと言うことだ。ならば親から引き継いだ負の遺産は私の代でゼロにしてやろう。冥土への土産のつもりだ。

ブログでジョークを書いて、カラオケで歌って、好きなドラマを観て楽しんでいる。煩わしい日常茶飯事をやってくれる人も居る。感謝の言葉は忘れないが体は動かさない。だが夢の様な暮らしも崩れる時は一瞬だろう。健康維持のためには適度なストレスも必要だ。私にとって健康増進薬になるカラオケも、聞いた人には副作用を与えるのだろうか? 

参考:現在の検索結果 オンチのカラオケ 音痴のカラオケ

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2018年07月28日

さらば「オンチのカラオケ」

英語は好きだけれど好きとは言えない。小説は読めないし手紙も書けない、話せないし映画を観ても聞き取れる英語は10%ぐらいだ。だけどブログに書くのはいいと思う。好きなものを好きと言えないのは身体に悪いからから書いている。

人間としての性能が劣っているからスポーツをやってもゲームをやっても勝負にならない。負負負フフフ〜という感じかな。だから勝ち負けがなくても楽しめるものがいい。歌ったり書いたりね。

そこでこの二つが私の趣味となる。いずれも一人でコツコツできることだが、書いたら人様に読んで欲しいし、歌うときも人前で歌いたい。控えめで目立たない人として生きて来たつもりだが、いつの間にかこんな人間になっていた。なぜだろう?

書いたものはホームページやブログで公開している。拙いサイトでも世界中に発信される。ネットの世界は巨大なゴミ処理場に似ている。多くの人が巨大なゴミの山から金目の品を拾うような作業を繰り返している。場所はグーグル、道具はキーワード、これで掘り起こせば何でも出てくると愚かな私は信じている。

「オンチのカラオケ」は7月24日現在、グーグル検索で約9万4千件のトップにある。一方「音痴のカラオケ」は約531万件の8番につけている。山に例えて言うと、音痴山の標高がエベレストと同じ8848mとするとオンチ山は札幌市中央区の荒井山より低い158mしかない。

そして検索する殆どの人はトップに注目する。3ページ以降を見る人は稀だから検索情報の殆どはゴミ山の中に埋まっている。10万件足らずの「オンチのカラオケ」でトップに表示されても意味がない。500万件台の「音痴のカラオケ」ならアクセス増も少しは期待できる、と言うことで次なる目標は音痴山の頂上とした。

先ずタイトルを変更する必要がある。「オンチ」ではなく「音痴」の二文字を入れることが肝心である。「輝く音痴」「哀愁の音痴」「黄昏の音痴」「怒りの音痴」「嵐を呼ぶ音痴」「音痴の旅人」「音痴恋し」、いずれも何処かで聞いたようなタイトル……、これでは駄目だ。何とかしなければと考えるのも私の趣味の一つである。

参考:7月25日検索結果 オンチのカラオケ 音痴のカラオケ

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2018年07月21日

オンチのカラオケ

愚かな人のことを書くのが大好きだ。しかし、よく知っていて自由に書ける阿呆垂れと言えば自分しかいない。変な人と思われているのではないかと心配しながら書いている。ところでオンチは5百万人くらいいるらしい。これについては統計が見つからなかったので第六感で推定した。m(-_-)m スマヌ

グーグルで「オンチのカラオケ」を検索すると、「オンチでも上手く歌える カラオケソング厳選10曲」が見つかった。クリックしてみたら知っている曲は「上を向いて歩こう」しかない。涙がこぼれないように上を向いて歩いたら危険だ。何かに躓いて怪我をするかも知れない。最悪の場合は交通事故とか、いろいろ考えさせられる複雑な歌だ。やはり恋とか愛の方が簡単でいい。

ブログのキャッチコピーはオンチにお勧め「低音ソング」10曲セレクト! 付き合いで歌わなければならない人は、こういう曲をマスターする必要もあると思う。幸い私は自由の身、オンチ丸出しで好きな曲を歌える。ただし、やり過ぎれば嫌われる。何事も程度の問題だ。自分の好きか、人様への迷惑か、どちらを優先させるか何時も心の中で闘っている。

4月から「オンチのカラオケ」を書き始めてから4ヵ月近くになる。今までは「先天的音楽機能不全」ということで納得していたが、「環境説」にぶち当たってしまった。生まれつきではなく、育った環境に影響された後天的な原因によるものという説だ。それなら私のオンチも直るかも知れないと思い心が躍る。

と言うことで頑張ってみようかと思っていたら、新たな壁に阻まれた。それは英語教育における「9歳の壁」である。英語の音をとらえる力も、曲の音をとらえる力も同じと思う。それは9歳ごろから失われていくと言う。あれから69年、力はどのくらい残っているだろうか。まさかゼロじゃないだろうね。否マイナスかな?

「自分が楽しかったらいいんだよ」という意味が、いかに深いか4ヵ月間の勉強でやっと分かった。だからと言って「オンチのカラオケ」の更新は止めるわけではない。全ての物事は奥が深い、このテーマの万分の一も分かっていない。アプローチの方法もいろいろある筈だ。歩くときは左右を気にしつつ前に向かって歩くことにしている。一歩一歩確実にね。

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2018年07月14日

貴重な二人会

こんな時が来るとは夢にも思わなかった。実は先輩と二人でカラオケに行ったのだ。さっそく注意された。「ダイナマイトが150トン」と「女を忘れろ」は人前で歌うなと言うのだ。追い打ちをかけるように「アンタには似合わないんだよ」と言った。

そうかも知れない。だけど胴長短足でハゲの私に似合う曲などあるのだろうか。外見は地味だが腹の中は派手な思いでいっぱいだ。昔の若者のまま化石化した私を心配しているのだろうか。不満は残るが皆も同じ気持ちかも知れない。だから大好きな二曲は歌うことを諦めた。先輩とのカラオケ会は、たまにしか開かれないが無視できない存在である。

先輩は、ゴルフ、スキー、テニス、パチンコ、マージャン、何でもござれの達人だ。仕事は出来るし英語もペラペラ。一方私は何も出来なくて仕事も苦手な人である。それなのに退職後にも付き合いがあるのは、二つの共通点があったからだ。

それはコンピュータが好きで、カラオケが嫌いということだった。およそ40年前のことだが職場の懇親会後に皆でカラオケバーに行くことになった。カラオケ嫌いの先輩は別行動をとることになり、私を誘ってくれた。そこはスピークロウと言う名のジャズを中心にライブを行っていた店と記憶している。ピアノとジャズボーカルが楽しめる落ち着いた雰囲気の店だった。

気が付いてみれば40年前のカラオケ嫌いが、何故か二人でカラオケをしている。実は私が誘ったのだ。もっと言えば自分の土俵に入れるつもりでね。ところが先輩は歌もすごく上手かった。二人しかいないので私が歌うときも静かに聞かなければならない。考えてみれば惨いことをしたものだ。下手な歌を聞くのは辛いかも知れない。まだ三回だけだが止めた方がいいかな。

先輩は何でも出来る人だから歌も上手い。しかし、やりたいことが多すぎてカラオケまでは手が回らなかったようだ。一方私は何も出来ない人、カラオケだって出来ないものの一つに過ぎない。一人でこっそり楽しめばいいものを、何故か人前で歌いたくなる。困ったものだ。

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2018年07月07日

気楽で楽しい四人会

洋楽カラオケは私にとってレベルが高すぎて緊張する。それなのに何故行くかと言うと、私なりに上手くなりたいからだ。他のカラオケ会にも参加しているが高齢の初心者同士の会である。残念ながら10年たっても何の進歩もない。お互いにね(笑)。

うまい具合に二人、三人、四人のグループに参加している。便宜上、ここでは二人会、三人会(片隅の三人カラオケ)、四人会と呼ぶことにする。今回は四人カラオケ会について書きたいと思う。この会だけは女性が一人居る。他は全て老いたる男ばかりだ。

四人会の世話役はB子さん、連絡調整・会計等すべてやってくれる。ある日突然、どうしたわけかドライブに誘われた。そして「気があるなんて思わないでね」と真顔で念を押された。80歳になるのに気が若い。Bさんは世界中を旅行しているが私は札幌界隈だけだ。この格差が話を面白くしてくれる。もっぱら聞き役だが。

BさんはA学院大学在学中の二十歳で運転免許を取り外車を買ってもらったそうだ。年齢から逆算すると1957年の話である。「ブルーバード誕生」以前だから驚きだ。初の女性ドライバー誕生との見出しで新聞にも載ったそうだ。その頃私は17歳、金を貯めて、やっと中古の自転車を買ったのは、その3年後だった。

四人会は月1回、一度も休まず10年以上続いている。これはBさんのお陰、彼女が居なくなれば自然消滅する運命だ。三人のぐうたら爺さんが、しっかり者のBさんに頼り切っている構図だ。

毎回ジョッキ1杯のビールが付き、年に4回の誕生会にはケーキとワインが付く、これはBさんの手配によるオマケだ。子供じゃあないからお礼もしなければとは思うが、10年間のサービスは現金に換算すると10万円にも及ぶ。相応のプレゼントとは思うが、気があるとか心配させるのも気の毒だから止めておこう。

四人会は一人が歌い、三人がおしゃべりするスタイルだ。それぞれが下手と自覚しているので、「おじょうず」と言われても困る。下手とも言われたくない。ここを直したらもっと良くなると言われても直せない。こんな四人がカラオケを楽しんでいる。

オンチだってカラオケを楽しめばよいと、口で言うのは簡単だが実行となると難しい。上手な人と一緒にやるのは気疲れするし、オンチばかりのカラオケ会もやるせない。両方参加すれば程よいバランスがとれるような気がする。一方が自由に楽しむ機会になり、もう一方が不自由ながら勉強の機会になるからだ。川の流れの様に時には急激に、時には緩やかに流れて行きたい。

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2018年06月30日

合同例会でカラオケデビュー?

ついにネタ切れになる。窮余の策として3年がかりの潜入取材に手をつけた。筋書は、オンチで英語が苦手で口が回らない老人が、多くの試練を乗り越えて文化祭デビューをする、サクセスストーリーである。潜入先はシニアの洋楽カラオケ月例会とした。

取材は自分を知ることから始めた。何となくオンチと思っていたので、これを克服しなければならない。とりあえず音痴について調べたら「大脳の先天的音楽機能不全」であることが分かった。生まれつき脳が無いとはショックだ。この一撃で3年計画は木っ端微塵に砕かれ、文化祭デビューは幻に終る

そんなとき、A会とB会が合同でカラオケ例会を開く話があった。私にとっては千載一遇のチャンスである。例会だからオンチのままでも申し込めば歌えるのだ。50人くらい集まるというから、文化祭デビューの代わりになるだろう。

デビュー曲に16トン (テネシー・アーニ・フォード)を選んだ。単調な繰り返しのメロディーで、聴きながら一緒に歌えるので覚え易い。練習方法はテレビのコマーシャルタイムにCDのテネシー・アーニ・フォードと一緒に歌う。CMと曲の長さがほぼ同じなので、ドラマと歌を交互に楽しめる。まさに一石二鳥である。ドラマの中のCMは大嫌いなのにビデオレコーダーは持っていない。

あれから1ヶ月、ついにその日がやって来た。準備は万端で怠りなし。歌い終わるまで酒は飲まないことにした。なるべく早く歌って早めに帰るつもりだ。歌った後は恥ずかしくて居たたまれないかも知れない。だから三時には帰ると決めていた。一時間程度は酒の力を借りて耐えることができる。

いつもの画面と違うので隣の人に聞くとジョイサウンドと教えてくれた。聞いてビックリしたがもう遅い。馴染みのない機種なので歌わないことにした。慣れないことをしても失敗するに決まっている。カラオケは後回しにして取りあえず一休み。

そう思った途端に緊張の糸が切れた。ステージではデュエット、フロアではダンス。一方私は独りぼっち。「ひとりの俺の行く先は〜 信号燈が 知っている筈さ〜 恋は苦手の 淋しがりやだ〜」とか歌いたい気分だが今回は自重した。ともかくビールを飲みながら楽しいひと時を過ごした。

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憧れのステージ、いつか上がる日が来るだろう。

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歌って踊れれば百倍楽しい。いつの日か私も。

A会B会合同カラオケで勝手にデビューと思ったものの、束の間の夢で終わった。これで良かったのだ。筋書きどうりではつまらない。まっすぐ歩いたら前の風景しか見えない。横に曲がるから別の風景が見れるのだ。

マイブログ「オンチのカラオケ」はグーグル検索で一番上に表示されることを目標としている。そうなればブログPRのチラシの代わりになってくれると思う。カラオケ人口は4,750万人と推定されている。その中では多くの音痴が悩み、もがき苦しむと同時に楽しんでいる。そして高齢者の健康増進に寄与しているのである。

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2018年06月23日

鴨々川ノスタルジア公式ムック

6月23日の「オンチのカラオケ」更新は休みます
申し訳ありませんが都合により6月23日の更新は休みます。「ぼけっと5号」の原稿執筆に専念したいと思います。何をやってもノロマです。まったくボケっとした話で申し訳ありません。次の更新は6月30日です。よろしくお願い致します。

「ぼけっと」はすすきのと中島公園を流れる鴨々川に思いを巡らせて、毎年開催される「鴨々川ノスタルジア」の公式ムック。すすきの・中島界隈を話題とする超ローカル誌とも言われています。

「ぼけっと1号」2014年10月発刊
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中島公園の歴史について書きました。

「ぼけっと2号」2015年10月発刊
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菖蒲池の東側に鎮座する「木下成太郎像」について。

「ぼけっと3号」2016年10月発刊
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中島公園で子育てを完遂した11羽の子を持つオシドリママ。

「ぼけっと4号」2017年9月発刊
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薄野生まれで中島育ちのマガモ親子について書きました。

ぼけっと5号の発刊は9月の予定ですが、原稿の締め切りは今月の23日です。それで今週の「オンチのカラオケ」は休みました。5号には中島公園内を流れる鴨々川にサクラマスが遡上して産卵した。という2007年秋に起こった珍事について書きました。河川工事をめぐる三事件の一つです。

ウェブサイト「中島パフェ」管理人nakapa
(このブログの管理人でもあります)
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2018年06月16日

片隅の三人カラオケ 

2015年4月頃 片隅の三人カラオケ 
知り合った時は若者だったが、お爺さんになったら3人でカラオケをしている。月日のたつのは早いものだ。もともとは昔話を楽しんでいたのだが、10年もすると話のタネも尽きてしまった。ランチの代わりのカラオケである。

そもそもこの三人は、カラオケとか遊ぶことには全く縁がなかった「片隅の仲間」だ。スポーツと遊びが盛んな職場では、三人とも真面目一方で目立たない存在だった。ひょっとして、面白くない人として目立っていたのかも知れない。

M君とN君は根っから真面目で、仕事も普通に出来る人。一方私は必要に迫られて真面目なフリをしていた。どんな職場でも不真面目で仕事の出来ない人間の居場所はない。仕事が苦手な私は、不本意ながら真面目にしていた。

M君は真面目以外を全く認めない人だった。偽物の私から見れば面白くない人だ。そのかわり面倒見が好くて信頼できる人。N君も同じようなタイプだが、たまに隠れて悪いこともする。他人の駐車場に無断で駐車するとかね。お金はなるべく使いたくない人なのだ。

M君はその真面目さが認められて20人の部下を持つ身に昇進した。あの真面目一方で遊び知らずの彼がカラオケをやり始めたと聞いて驚いた。管理職になったらカラオケくらい付き合えなければと真面目に考えて一生懸命練習したようだ。

と言うことで片隅の三人カラオケでも微妙な格差がある。1番M君、2番私、3番N君という序列ができたのだ。N君は歌手の名も曲名もほとんど知らない。「砂山の砂が…、とか言うのあったよな」とか聞くので、私が「錆びたナイフ」と入れる。つまり、カラオケについては無関心なのだ。付き合ってくれているのだと思う。

M君はとても楽しそうに歌う。妙に鼻にかけた声を出したり、ゼスチャーもオーバーでマイクも激しく動いている。真面目な人柄とのギャップが大き過ぎて可笑しかった。軽い違和感を覚えたけれど、三人で楽しんでいることに比べれば取るに足らないことだ。

気分が好くなり身振り手振りを入れて楽しく歌えば、周りも楽しくなり盛り上がる。ただし、これは格好良くて上手い人の場合。私の場合は往年の東海林太郎のように直立不動で歌うべきだが体が勝手に動いてしまう。困ったものだ。

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