2020年07月11日

文化祭で歌えない

「イヴ・モンタンの枯葉愛して三十年妻を愛して三十五年 岩田正『郷心譜』」。ラジオ深夜便で早朝に聴いた短歌は、とても良かった。心に響いたので、さっそく真似をしてみた。
「ペギー・リーのジャニーギター愛して六十五年洋カラ始めてまだ五年」。何もかもお粗末で(^-^;) ゴメン

振り返ってみれば、楽しむために頑張り、尚且つ実りの無い、寂しいばかりの人生だった。試行錯誤を重ね、やっとたどり着いた結論が「独りよがりで楽しもう」。結局これしかない。

簡単すぎてバカバカしいと思うかも知れないが、実行となると難しい。独りよがりは決して楽じゃない。恥をかきながら、生活の為に仕事を続けるのは苦しい。恥は一時だが、なが〜く尾を引く。

音痴だから歌えば恥をかく。それは一時だが、その影響は25年くらい続いた。恥ずかしくて歌えなくなったのだ。それでも歌は大好きなので聴いていた。音楽のない生活など考えたこともない。

在職中は様々な理由があって、恥と楽しさを天秤にかけると、恥の方が圧倒的に重かった。定年退職したら様々な理由がなくなり、恥への恐れが次第に軽くなり、自由になった。

天秤が楽しさの方に傾けば、恥は次第に軽くなる。そして、「独りよがり」になってくる。よそ様はともかく、自分だけは楽しいと言う状態だ。ブログの方は、たまに「面白い」と言ってくれる人もいるが、歌は「上手い」と言われたことは一度もない。当然だが。

自分を鼓舞するためにカラオケについての駄文「音痴のカラオケ」を書いている。音痴の私が日々、努力・精進し、ついに札幌シニアネット文化祭出演の栄誉を与えられる。という、楽しくて前向きなサクセス・ストーリーになる筈だった。

残念ながら、この夢は実現しない。最近3ヵ月間、舌の調子が良くない。右下が痛むので食べるのにも不自由している。口を動かしても痛むので、残念ながら歌えない状態だ。

こうして、楽しみにしていた「文化祭」出演の夢も、はかなく消えた。しかし、この終わり方は、返って良かったのではないか。独りよがりで、憧れの舞台で歌って恥をかくのに比べて、かなり良いと思う。口が痛くて歌えないのなら仕方ない。美空ひばりだって、そんなことがあったらしい??

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2020年02月29日

好きなものは好き

今日は40人くらい集まる大きなカラオケ会、当然顔の知らない人も居る。それでも隣の人とは話もする。
「何で英語で歌うのでしょうね」と同意を求めるように言った。
クリスマスカラオケ会で、アメリカのクリスマスソングだから、私は当然と思っていたが、違和感を覚えたようだ。

「好きだからでしょ。感動を与えられるのは貴方だけですよ」
「それ皮肉? 好きだからに決まってるでしょ」
「私も洋楽が好きなんです」
「だけど、歌ったことはないでしょ」
「そうですね」としか言いようがない。

肯定も否定もしたくない。洋楽は大好きだが、歌っているとは口が裂けても言えない。昔、同級生の花子さんが大好きだったが言えなかった。それと同じように、今は洋楽カラオケ大好きとは言えない事情がある。とかくこの世は生きづらい。

本当は音感が無いのだが、それを言ったらお仕舞いだ。正式名称は「先天的音楽機能不全」、通称は耳音痴である。それだけでなく、英語を習得する脳もないようだ。それなのにアメリカの歌が大好きなのはなぜだろう。我ながらい不思議でならない。

10歳の時から洋画が大好きになり、百軒店にある低料金洋画専門館に、替わるごとに観に行った。入場料40円だから1ヶ月160円で足りた。そして何となくアメリカンドリームに憧れた。貧しい日本からみると1950年代のアメリカは夢の世界だった。6畳一間で家族6人が暮らす身だから現実離れした夢を見たい。

当時は自由と民主主義の国、文明の進んだ夢の国と信じていた。映画のように悪玉を滅ぼし善玉が素晴らしい米国を作ったと考えていた。作られたアメリカンドリームと知ったのは、それから20年以上たってからだ。夢の裏側には問題山積みの暗い1950年代があり、冷戦と赤狩りの恐怖もあったと知った。脳みそとは困ったもので、一旦入ったら出て行かないものがある。

間違っていると分かっても、10代で好きになった気持ちは動かない。未だに古き良きアメリカの歌が大好きだ。誤解と分かっても、好きなものは好きなのだ。その道には疎いが、女性を好きになることと同じかも知れない。理屈が入る余地がない。75歳の後期高齢者になってから始めた洋楽カラオケだから、空白が大きいだけに喜びも大きい。黙って付き合って下さる皆様に感謝!

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2019年10月26日

音痴なのに洋カラ

思い起こせば4年前、私は後期高齢者になった。この歳になって歌って踊って暮らせれば、これに勝る幸せはない。残念ながら、そうは出来ない事情がある。私だけじゃないけどね。

4年前の今頃、札幌シニアネットのカラオケクラブから全会員宛のメールが流れた。クラブ活動の一環として「洋楽カラオケ」例会を開くとの知らせである。「洋楽の好きな人なら誰でも歓迎」と書いてあった。大好きだから、歌えないのに参加してしまった。

洋楽好きは映画から始まった。10歳の時に洋画が好きになり毎週観に行った。そして「駅馬車」「黄色いリボン」「テキサスの黄色いバラ」などの映画音楽が好きになり、その後のテレビドラマでは、「ローハイド」と「ガンスモーク」の主題歌が好きになった。

初参加に備え、自分なりに練習して洋カラの会で歌ってみたら、ぜんぜん歌えないので戸惑った。伴奏に合わせることが出来ないのだ。止めればいいのに止められない。何とかして合わせようとするのだが、出来ないから焦る。そしてメチャクチャになった。こんな筈はないと思って、家で猛練習して、次回も参加した。

こんなことを繰り返して苦節3年、ようやくリズムと言うか、文字色の変化に合わせて口がまわるようになった。ようやく楽しくなりかけて来た。更なる上達のため自分の歌を録音して聴いたらビックリした。こんなはずじゃなかった! 穴があったら入りたい。そして、重い音痴と自覚した。直すにはどうしたらいいか? 先ず最初に音痴について勉強をした。

結論として私の音痴は直らないと理解した。音痴には運動性と感受性の2種類があり、運動性音痴の人は正常な音感があるので訓練すれば直ぐに歌えるようになる。一方、感受性音痴の場合は音程がずれていると判断できないので矯正は難しい。

しかし正しい音階を何度も聞くことにより改善できるそうだ。人並みは無理としても、繰り返せば自分なりの改善は望めそうだ。

洋カラに通って4年にもなるが、だんだん楽しくなって来た。一番好かったのは好い環境に恵まれたことである。日本には洋楽が大好きで歌いたい人は少なくない。しかし音痴では、いくら好きでも歌わせてもらえる場所がない。またもや幸運に恵まれた。

私を知っている人はアンタが洋カラをやるとは思わなかったという。当然である。私だってそう思わなかった。大袈裟に言えば針の穴を通過したたような気分だ。狭き門より入った程度かな? とにかく、休まず洋カラの会に参加している。思わぬことが起こるから人生は面白い。たとえ無理やり起こしてもね(笑)。
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2019年06月22日

バーベキュー・パーティー

音痴なので歌えないし、学が無いから文章も書けない。それなのに、この二つを趣味にしている。その理由は他にもいろいろやってみたが、何も身に付けることできなかったから。

これが最大の理由だが、歌と文章は一人遊びが出来るところがいい。それなのに人前で歌うし、書けばブログで公開する。我ながら困った性格だが直すことは諦めた。愚か者は愚かな暮らしが楽しいんだ。人と交わってこその人生である。歌って書くぞ!

バーベキュー楽しかったなぁ。キャンプやアウトドアもやらないので、70年ぶりに炭とご対面して懐かしかった。子供の頃は寒い冬に火鉢の炭を、口でフーフー吹いて、小さな火を少しずつ大きくするのが好きだった。

こんなことを思い出しながら、やってみたら顔が焼けそうなほど熱い、炭の量が格段に違うのだ。しかも夏、冬には暖かいと感じても、夏には暑苦しいだけだ。何をやってもダメ、だけど楽しい。カラオケと同じようにダメが嫌と結びつかないのだ。あらゆる場所でギリギリのところで楽しんでいる。

いろいろの方と話ができて楽しかった。カラオケ会では、皆さまの歌声に酔いしれているので話は出来ない。実はそれだけではない。最近聴力検査を受けて分かったのだが、片方の耳が普通の人の半分しか聞こえない。

子供の頃中耳炎に罹っていると言われたが、そんな覚えはない。考えてみれば病気になっても医者には診てもらった記憶はない。国民健康保険のない社会だから、都会に居ても金がなければ無医村に住んでいるのと同じだった。

バーベキューの後でカラオケの呼びかけがあったが、残念ながら行けなかった。缶ビール二つで酔っぱらっちゃった。これが私の限界、後は家に帰って寝るだけだ。ひと眠りしたら、ウェブサイトにアップしたい記事がある。実はバーベキュー前に中島公園で「札幌まつり」初日の様子を撮って置いたのだ。

「本日の日課、予定表どおり」。これで良しとすべきだが、振り返ってみればチョット悔しい。飲んで歌って踊ると言う、人生最大の喜びのチャンスを失ってしまったかも知れない。

話は戻るがバーベキューに使った焼け残しの炭は燃えたまま消し壺に入れた。子供の頃は火鉢の灰になるまで使っていたので、気がついたら炭の再利用のつもりでやっていた。「三つ子の魂百まで」と言われているがホントだ。

ところで、あれは本当に消し壺だろうか。それともバーベキューの飾り物か。心配になったので係りの店員さんに報告した。「消し壺と思って燃え残りの炭を入れました。まだ火は消えていないので気を付けてください」。「大丈夫です」と簡単に応えた。ダブルチェックのつもりだが、余計なお世話?
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2019年02月09日

英語で歌って意味分かるの?

英語で歌って意味わかるのと聞かれた。う〜ん、ショックだ、狼狽えた。しかし考えてみれば日本語の歌だって愛とか恋ばかりだな。私に分かるはずがない。それでも歌えば楽しい。何もかも想像と空想で補っているだけだ。私の場合はね。

元旦早々風邪をひいて熱が出たり、頭痛がしたりで散々だった。体調を崩すとやたらに眠い、昼も寝るし夜も寝る。何も出来ないが空想だけはできた。そして、快復したら眠れなくなった。健康で眠れれば一番いいのだが、全てが元に戻ってしまった。

ところで、私には夢がある。まったく似合わないメチャクチャな夢だ。それについては既に自分の殻を破りたいに書いたので、ここでは多くを語らない。誤解を恐れずに短く書いてみた。その夢とは「青春時代に大ヒットしたロック・アランド・ザ・クロックを歌っても違和感をもたれない人になること」である。

これは凄く高いハードルだ。高所恐怖症の人が落下傘降下をするようなものである。私は真面目で退屈な爺さんに見えるらしい。確かに上辺はそうだが、私自身は玉葱の芯。涙を流しながら一枚ずつむいて最後に見えるのが芯。それが私の真の姿である。

玉葱が花のようにパッと開くと、芯の位置に丘珠の玉葱王子が登場する。ギターを抱えてロック・アランド・ザ・クロック。畑の玉葱たちが一斉に踊りだす。言うまでもなく空想だが、口にするのも恥ずかしい。だけど書くだけなら大丈夫。

英語で歌って意味分かるのと聞かれてドッキッとした。殆ど分からないが、何か感じるものがある。ときには理解できるような気もする。だけど日本語でも分からないことは多い。歌手なしのコンボやビッグバンドでも感動できる。結局自分の感じかな。分かるのかと聞かれれば全ては闇の中。音の世界だからね。

月に1回洋カラの例会があるが、12月は用事で出れなかった。1月こそはと思ったが風邪をひいて欠席した。滅多に休まないから2回続けて休むのは珍しい。毎回参加できることが健康のバロメーターと考えている。その意味では残念だが、歌うためには良いかも知れない。

と言うのは、例会に備えて練習するのだが、音痴にとっては悪い影響もある。自己流の一人練習だから悪い癖のまま固まることがある。2ヵ月の休養で少しはほぐれたかも知れない。

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2019年01月19日

自分の殻を破りたい

私には夢がある。それは青春時代に大ヒットしたロック・アランド・ザ・クロックを歌っても違和感をもたれない人になることである。あまりにもイメージとかけ離れていて申し訳ない。変身して別人になれれば一番いいんだけどね。

かような訳で、苦肉の策として変人である私に慣れてもらうことにした。その為の綿密なアクションプログラムを立てて実行中。何よりも違和感をもたれないことが肝心だ。そうでなければ楽しくない。何事も難しいほど面白い。

洋楽カラオケを始めた頃には後期高齢者になっていた。それから3年たったが、未だにちゃんと歌える曲はない。1年目はその内なんとかなるだろうと思い、2年目はこんな筈ではないとガッカリしていた。3年過ぎるとダメかもしれないと悲観する。しかし諦めない。そもそも人間は「全てを諦める」ようには造られていない。空想でもいいから夢は持ち続けたい。

カラオケはダメでも将棋でも出来ればいいのだが、過去に一生懸命やって出来なかった記憶がある、ビリヤードにしてもボーリングにしても同じことだ。そういえばスケートもかなり熱心にやった。何をやってもダメなら自分が楽しくなることをやりたい。

そんな訳で趣味はカラオケとなった。そして諦めていた洋カラにも手を出した。何も出来ないと、何か出来るようになったら幸せと思ったりする。ところが出来る人は出来て当たり前、そんなことで幸せになったりはしない。かって同じ職場で碁の達人と言われた人が自殺した。ショックだったが不思議でならなかった。

長い間仮面をつけて生きて来たような気がする。しかし、仕事から解放され自由になった私には夢がある。それは何かは冒頭に書いたので省略する。繰り返すのは私だって恥ずかしいのだ。

退職して自由になったからと言って、いきなり仮面を脱げば違和感をもたれる。そのたびに「らしくない」とか「似合わない」とか言われたら楽じゃない。自分のイメージを変えるのはカラオケ会が一番いいと思っている。時間をかけて工夫すれば少しずつ慣れてもらえる。「あの人はああなんだから仕方ない」とかね(笑)。
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2018年06月30日

合同例会でカラオケデビュー?

ついにネタ切れになる。窮余の策として3年がかりの潜入取材に手をつけた。筋書は、オンチで英語が苦手で口が回らない老人が、多くの試練を乗り越えて文化祭デビューをする、サクセスストーリーである。潜入先はシニアの洋楽カラオケ月例会とした。

取材は自分を知ることから始めた。何となくオンチと思っていたので、これを克服しなければならない。とりあえず音痴について調べたら「大脳の先天的音楽機能不全」であることが分かった。生まれつき脳が無いとはショックだ。この一撃で3年計画は木っ端微塵に砕かれ、文化祭デビューは幻に終る

そんなとき、A会とB会が合同でカラオケ例会を開く話があった。私にとっては千載一遇のチャンスである。例会だからオンチのままでも申し込めば歌えるのだ。50人くらい集まるというから、文化祭デビューの代わりになるだろう。

デビュー曲に16トン (テネシー・アーニ・フォード)を選んだ。単調な繰り返しのメロディーで、聴きながら一緒に歌えるので覚え易い。練習方法はテレビのコマーシャルタイムにCDのテネシー・アーニ・フォードと一緒に歌う。CMと曲の長さがほぼ同じなので、ドラマと歌を交互に楽しめる。まさに一石二鳥である。ドラマの中のCMは大嫌いなのにビデオレコーダーは持っていない。

あれから1ヶ月、ついにその日がやって来た。準備は万端で怠りなし。歌い終わるまで酒は飲まないことにした。なるべく早く歌って早めに帰るつもりだ。歌った後は恥ずかしくて居たたまれないかも知れない。だから三時には帰ると決めていた。一時間程度は酒の力を借りて耐えることができる。

いつもの画面と違うので隣の人に聞くとジョイサウンドと教えてくれた。聞いてビックリしたがもう遅い。馴染みのない機種なので歌わないことにした。慣れないことをしても失敗するに決まっている。カラオケは後回しにして取りあえず一休み。

そう思った途端に緊張の糸が切れた。ステージではデュエット、フロアではダンス。一方私は独りぼっち。「ひとりの俺の行く先は〜 信号燈が 知っている筈さ〜 恋は苦手の 淋しがりやだ〜」とか歌いたい気分だが今回は自重した。ともかくビールを飲みながら楽しいひと時を過ごした。

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憧れのステージ、いつか上がる日が来るだろう。

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歌って踊れれば百倍楽しい。いつの日か私も。

A会B会合同カラオケで勝手にデビューと思ったものの、束の間の夢で終わった。これで良かったのだ。筋書きどうりではつまらない。まっすぐ歩いたら前の風景しか見えない。横に曲がるから別の風景が見れるのだ。

マイブログ「オンチのカラオケ」はグーグル検索で一番上に表示されることを目標としている。そうなればブログPRのチラシの代わりになってくれると思う。カラオケ人口は4,750万人と推定されている。その中では多くの音痴が悩み、もがき苦しむと同時に楽しんでいる。そして高齢者の健康増進に寄与しているのである。

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2017年05月06日

洋楽カラオケは楽しい


2017年05月06日 洋楽カラオケは楽しい
「グッモーネン先輩、ハオユ?」
「ご機嫌よくないね。なまってるぞ」
「英語は大好きですが喋れないから歌ってます」
「コッソリ歌うのは勝手だが書くんじゃないぞ」
「喋れなくて歌えなくて書けなかったら、私はどうしたらいいのですか」
「そんなこと知るか」
「好きなことが出来ないのは辛いです。こうなったら先輩だけが頼りです」
「友達いないのか。うっとうしいな。好きなように書きな」
「書いていいのですか。有難うございます。テンクサラーッ

遊びも運動も苦手な私は仕事も苦手だった。それでも何とか工夫して定年まで勤めて上げてハッピーリタイアメント。そして、始めたのがカラオケである。恐るおそるの挑戦だが、歌うなと言う人は居なかった。それどころか健康にいいからと励まされた。1年後には上手くなったね」と言ってくれる人さえ現れたのだ。これでは面白過ぎて止められない。

演歌がダメなら洋楽があるさという気分で、洋楽カラオケを始めて早くも1年半たった。何を歌ってもダメなことは横に置いて、目先の気分を変えて楽しむことにした。そもそも音痴と言うものは、背が高いとか足が短いとかと同じようなもの。私の個性だから直らない。しかし背が高くて足が長ければ速く走れるとは限らない。逆も真ならいいのだが。

スポーツ・ゲームがダメな私は勝ち負けのない趣味としてカラオケを選んだ。もちろん私の手の届かないところでの勝負はあると思う。しかしゲームなら最初から勝ち負けを争わなければならない。私にとっては余りにも厳しすぎる。

「将棋だって自分なりに楽しむことができるだろう」
「そうでしょうか」
「レベルが同じような人と楽しめればいいんだよ。仕事じゃないんだから」
「そうですね」
「何故そうしない」
「碁・将棋・マージャンなど何でもやりました」
「やったのか?」
「だけど勝ったことはないし何時もビリ」
「自分なりに楽しめばいいんだよ」
「不可能です」
「なんで?」

「どうしても聞きたいと言うなら話しましょう。最初はね下手同士で楽しもうよとか言っている人がですよ。強くなると私との対戦を嫌がるようになるのです。誰もが同じです。そんなことを繰り返している内に、相手になってくれる人が誰も居なくなりました。一番下手とはそういうことです。まだ言いたいことの半分も言ってませんが、もっと聞きたいですか」

「分かった分かった。もういい。こんど一緒にカラオケ行こうぜ」
「有難うございます。ウウァンドフォウ! シンギン シンギン」
「素晴らしいと言ってるつもりか。お里が知れるぞ」
「独学ですから」
「学と言うほどでもないだろう」
「一人で楽しんで独楽ですよ。私の勝手でしょ,イズネッ?」

(「空白の22年間」より転載)
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2016年05月07日

今さら老人力

2016年5月頃 今さら老人力
早いもので洋楽カラオケに参加してから約半年。そこでは外国語で歌うことになっている。私のように英語で歌いたいけれど歌えない人にとっては、とても有難い決まりだ。どっちでもいいよと言われたら英語では歌えない。本当は歌いたいのにね。

英語で歌って意味わかる? と聞かれたことがある。殆ど分からないが、歌う曲については調べるので少しは分かる。なぜ洋カラ? と聞かれれば英語が好きだからと答えたいが言えない。出来ないのに好きだと言えば変な人と思われる。しかし、書くときは何も気にしない。だから下手でも書くのが大好きだ。

カラオケを始めたのは65歳のときだった。それまではカラオケ嫌いと思われていた。そんな私が殻を破ってカラオケを始めたのは、チャンスに恵まれたからだ。2005年頃のことだが老人クラブのヒヨコ英語教室で知り合ったAさんから下手同士でカラオケ行かないかと誘われた。

これがカラオケを始めた切っ掛けとなる。Aさんは高齢者のカラオケクラブに入ったが、初心者なので練習をしたいと言う。だけど一人で行くのは嫌だから練習仲間を探していたようだ。もう一人はBさんと聞いて安心した。

オンチは充分承知の上で選ばれたのだ。そういうことならやってみたい。オマケに秘密にしようと言うのだから有難い。誰にも知られることなく伸び伸びと歌えそうだ。あれから10年たったが依然としてオンチのままだ。直らないし克服もできない。楽しく付き合って行くしかない。Aさんともね。

隠し事が多くて恐縮だが、若いころから英語で何か歌いたいと密かに夢を抱いていた。これは純粋に夢であって本当に歌えるとは思っていなかった。こんな状態でも「洋カラ参加者募集」の誘いがあると心は揺れる。思い切って参加することにした。オンチで英語もろくろく出来ない私にとっては唯一のチャンスだからね。

半年たっても散々だが恥ずかしさよりも歌いたい思いの方が勝っていた。恥は隅っこに追いやられ、真ん中にはその思いがデンと居座っている感じだ。高齢になると羞恥心は薄れるから有難い。昔提唱された老人力が今になって付いて来たのだ。何をやってもノロマな私だが、この頃はゆったりした気分を楽しんでいる。
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2016年02月13日

寅さんってこんなもんか

2016年2月頃 寅さんってこんなもんか
洋楽カラオケ(洋カラ)を始めて3ヶ月たったが、依然として足踏み状態が続いている。思ったより百倍も難しかった。諦めても良さそうなものだが、他にやりたいことも出来ることもない。ただ外に出て歌っている限り我が身は安全、健康が保たれるのだ。

不本意ながら先天的音楽機能不全である。他の機能も万全ではない。スポーツ、ゲーム、金勘定等、何をやってもハンディが大き過ぎて楽じゃない。何事も人並みには出来ないのだから嫌になる。カラオケだって出来ないものの一つに過ぎない。

映画「男はつらいよ」の寅さんが大好きだ。天真爛漫、呑気そうで羨ましい。いつもマドンナに惚れて悩んでいる。一見マドンナさえ居なければ幸せと思える。だがそれは物事の一面に過ぎない。もし寅さんに女性の悩みが無かったら彼の人生は真っ暗だ。

インチキ商品は売れるだろうか。嘘がバレて商品に関する苦情が殺到するのではないか。テキ屋稼業に未来はあるのかとか悩みは尽きない。しかし寅さんは女性に惚れて幸せ、尽くして幸せ、そして捨てられても幸せなのだ。そうでなければ48回(「男はつらいよ」の作品数)も振られるはずがない。

顔で笑って心で泣いて、ひたすらマドンナの幸せを願いキレイに別れる。これぞ男と自画自賛して喜んでいるのだ。私も寅さんと同様に片思いしている。女性ではなくカラオケにね。実は密かに自画自賛しているのだが、それは書かないルール。寅さんみたいに笑い者にはなりたくないからね。

ところで私の母は歌が上手で詩吟の先生もしていた。私にもその血が流れている筈だが現状は厳しい、なかなか伴奏に合わせて歌えない。前回のカラオケ会では、伴奏に遅れて困ったので、一生懸命練習したら、今度は早すぎて伴奏の方が追い付かなくなってしまった。歌っていると、なにやら会場がざわつき出した。

笑い声も聞こえる。私は一生懸命だが周りはそうでもないようだ。この光景はどこかで見た様な気がする。そうだ、映画「男はつらいよ」の寅さんだ。彼はマドンナの為を思って一生懸命尽くしているのに、周りの者はどうせ振られるのにと冷ややかに笑っている。長いあいだ寅さんに憧れていたのにガッカリした。なんだ寅さんって、こんなもんだったのか。憧れて損した。

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