2019年02月09日

英語で歌って意味分かるの?

英語で歌って意味わかるのと聞かれた。う〜ん、ショックだ、狼狽えた。しかし考えてみれば日本語の歌だって愛とか恋ばかりだな。私に分かるはずがない。それでも歌えば楽しい。何もかも想像と空想で補っているだけだ。私の場合はね。

元旦早々風邪をひいて熱が出たり、頭痛がしたりで散々だった。体調を崩すとやたらに眠い、昼も寝るし夜も寝る。何も出来ないが空想だけはできた。そして、快復したら眠れなくなった。健康で眠れれば一番いいのだが、全てが元に戻ってしまった。

ところで、私には夢がある。まったく似合わないメチャクチャな夢だ。それについては既に自分の殻を破りたいに書いたので、ここでは多くを語らない。誤解を恐れずに短く書いてみた。その夢とは「青春時代に大ヒットしたロック・アランド・ザ・クロックを歌っても違和感をもたれない人になること」である。

これは凄く高いハードルだ。高所恐怖症の人が落下傘降下をするようなものである。私は真面目で退屈な爺さんに見えるらしい。確かに上辺はそうだが、私自身は玉葱の芯。涙を流しながら一枚ずつむいて最後に見えるのが芯。それが私の真の姿である。

玉葱が花のようにパッと開くと、芯の位置に丘珠の玉葱王子が登場する。ギターを抱えてロック・アランド・ザ・クロック。畑の玉葱たちが一斉に踊りだす。言うまでもなく空想だが、口にするのも恥ずかしい。だけど書くだけなら大丈夫。

英語で歌って意味分かるのと聞かれてドッキッとした。殆ど分からないが、何か感じるものがある。ときには理解できるような気もする。だけど日本語でも分からないことは多い。歌手なしのコンボやビッグバンドでも感動できる。結局自分の感じかな。分かるのかと聞かれれば全ては闇の中。音の世界だからね。

月に1回洋カラの例会があるが、12月は用事で出れなかった。1月こそはと思ったが風邪をひいて欠席した。滅多に休まないから2回続けて休むのは珍しい。毎回参加できることが健康のバロメーターと考えている。その意味では残念だが、歌うためには良いかも知れない。

と言うのは、例会に備えて練習するのだが、音痴にとっては悪い影響もある。自己流の一人練習だから悪い癖のまま固まることがある。2ヵ月の休養で少しはほぐれたかも知れない。

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2019年01月19日

自分の殻を破りたい

私には夢がある。それは青春時代に大ヒットしたロック・アランド・ザ・クロックを歌っても違和感をもたれない人になることである。あまりにもイメージとかけ離れていて申し訳ない。変身して別人になれれば一番いいんだけどね。

かような訳で、苦肉の策として変人である私に慣れてもらうことにした。その為の綿密なアクションプログラムを立てて実行中。何よりも違和感をもたれないことが肝心だ。そうでなければ楽しくない。何事も難しいほど面白い。

洋楽カラオケを始めた頃には後期高齢者になっていた。それから3年たったが、未だにちゃんと歌える曲はない。1年目はその内なんとかなるだろうと思い、2年目はこんな筈ではないとガッカリしていた。3年過ぎるとダメかもしれないと悲観する。しかし諦めない。そもそも人間は「全てを諦める」ようには造られていない。空想でもいいから夢は持ち続けたい。

カラオケはダメでも将棋でも出来ればいいのだが、過去に一生懸命やって出来なかった記憶がある、ビリヤードにしてもボーリングにしても同じことだ。そういえばスケートもかなり熱心にやった。何をやってもダメなら自分が楽しくなることをやりたい。

そんな訳で趣味はカラオケとなった。そして諦めていた洋カラにも手を出した。何も出来ないと、何か出来るようになったら幸せと思ったりする。ところが出来る人は出来て当たり前、そんなことで幸せになったりはしない。かって同じ職場で碁の達人と言われた人が自殺した。ショックだったが不思議でならなかった。

長い間仮面をつけて生きて来たような気がする。しかし、仕事から解放され自由になった私には夢がある。それは何かは冒頭に書いたので省略する。繰り返すのは私だって恥ずかしいのだ。

退職して自由になったからと言って、いきなり仮面を脱げば違和感をもたれる。そのたびに「らしくない」とか「似合わない」とか言われたら楽じゃない。自分のイメージを変えるのはカラオケ会が一番いいと思っている。時間をかけて工夫すれば少しずつ慣れてもらえる。「あの人はああなんだから仕方ない」とかね(笑)。
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2018年06月30日

合同例会でカラオケデビュー?

ついにネタ切れになる。窮余の策として3年がかりの潜入取材に手をつけた。筋書は、オンチで英語が苦手で口が回らない老人が、多くの試練を乗り越えて文化祭デビューをする、サクセスストーリーである。潜入先はシニアの洋楽カラオケ月例会とした。

取材は自分を知ることから始めた。何となくオンチと思っていたので、これを克服しなければならない。とりあえず音痴について調べたら「大脳の先天的音楽機能不全」であることが分かった。生まれつき脳が無いとはショックだ。この一撃で3年計画は木っ端微塵に砕かれ、文化祭デビューは幻に終る

そんなとき、A会とB会が合同でカラオケ例会を開く話があった。私にとっては千載一遇のチャンスである。例会だからオンチのままでも申し込めば歌えるのだ。50人くらい集まるというから、文化祭デビューの代わりになるだろう。

デビュー曲に16トン (テネシー・アーニ・フォード)を選んだ。単調な繰り返しのメロディーで、聴きながら一緒に歌えるので覚え易い。練習方法はテレビのコマーシャルタイムにCDのテネシー・アーニ・フォードと一緒に歌う。CMと曲の長さがほぼ同じなので、ドラマと歌を交互に楽しめる。まさに一石二鳥である。ドラマの中のCMは大嫌いなのにビデオレコーダーは持っていない。

あれから1ヶ月、ついにその日がやって来た。準備は万端で怠りなし。歌い終わるまで酒は飲まないことにした。なるべく早く歌って早めに帰るつもりだ。歌った後は恥ずかしくて居たたまれないかも知れない。だから三時には帰ると決めていた。一時間程度は酒の力を借りて耐えることができる。

いつもの画面と違うので隣の人に聞くとジョイサウンドと教えてくれた。聞いてビックリしたがもう遅い。馴染みのない機種なので歌わないことにした。慣れないことをしても失敗するに決まっている。カラオケは後回しにして取りあえず一休み。

そう思った途端に緊張の糸が切れた。ステージではデュエット、フロアではダンス。一方私は独りぼっち。「ひとりの俺の行く先は〜 信号燈が 知っている筈さ〜 恋は苦手の 淋しがりやだ〜」とか歌いたい気分だが今回は自重した。ともかくビールを飲みながら楽しいひと時を過ごした。

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憧れのステージ、いつか上がる日が来るだろう。

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歌って踊れれば百倍楽しい。いつの日か私も。

A会B会合同カラオケで勝手にデビューと思ったものの、束の間の夢で終わった。これで良かったのだ。筋書きどうりではつまらない。まっすぐ歩いたら前の風景しか見えない。横に曲がるから別の風景が見れるのだ。

マイブログ「オンチのカラオケ」はグーグル検索で一番上に表示されることを目標としている。そうなればブログPRのチラシの代わりになってくれると思う。カラオケ人口は4,750万人と推定されている。その中では多くの音痴が悩み、もがき苦しむと同時に楽しんでいる。そして高齢者の健康増進に寄与しているのである。

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2017年05月06日

洋楽カラオケは楽しい


2017年05月06日 洋楽カラオケは楽しい
「グッモーネン先輩、ハオユ?」
「ご機嫌よくないね。なまってるぞ」
「英語は大好きですが喋れないから歌ってます」
「コッソリ歌うのは勝手だが書くんじゃないぞ」
「喋れなくて歌えなくて書けなかったら、私はどうしたらいいのですか」
「そんなこと知るか」
「好きなことが出来ないのは辛いです。こうなったら先輩だけが頼りです」
「友達いないのか。うっとうしいな。好きなように書きな」
「書いていいのですか。有難うございます。テンクサラーッ

遊びも運動も苦手な私は仕事も苦手だった。それでも何とか工夫して定年まで勤めて上げてハッピーリタイアメント。そして、始めたのがカラオケである。恐るおそるの挑戦だが、歌うなと言う人は居なかった。それどころか健康にいいからと励まされた。1年後には上手くなったね」と言ってくれる人さえ現れたのだ。これでは面白過ぎて止められない。

演歌がダメなら洋楽があるさという気分で、洋楽カラオケを始めて早くも1年半たった。何を歌ってもダメなことは横に置いて、目先の気分を変えて楽しむことにした。そもそも音痴と言うものは、背が高いとか足が短いとかと同じようなもの。私の個性だから直らない。しかし背が高くて足が長ければ速く走れるとは限らない。逆も真ならいいのだが。

スポーツ・ゲームがダメな私は勝ち負けのない趣味としてカラオケを選んだ。もちろん私の手の届かないところでの勝負はあると思う。しかしゲームなら最初から勝ち負けを争わなければならない。私にとっては余りにも厳しすぎる。

「将棋だって自分なりに楽しむことができるだろう」
「そうでしょうか」
「レベルが同じような人と楽しめればいいんだよ。仕事じゃないんだから」
「そうですね」
「何故そうしない」
「碁・将棋・マージャンなど何でもやりました」
「やったのか?」
「だけど勝ったことはないし何時もビリ」
「自分なりに楽しめばいいんだよ」
「不可能です」
「なんで?」

「どうしても聞きたいと言うなら話しましょう。最初はね下手同士で楽しもうよとか言っている人がですよ。強くなると私との対戦を嫌がるようになるのです。誰もが同じです。そんなことを繰り返している内に、相手になってくれる人が誰も居なくなりました。一番下手とはそういうことです。まだ言いたいことの半分も言ってませんが、もっと聞きたいですか」

「分かった分かった。もういい。こんど一緒にカラオケ行こうぜ」
「有難うございます。ウウァンドフォウ! シンギン シンギン」
「素晴らしいと言ってるつもりか。お里が知れるぞ」
「独学ですから」
「学と言うほどでもないだろう」
「一人で楽しんで独楽ですよ。私の勝手でしょ,イズネッ?」

(「空白の22年間」より転載)
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2016年05月07日

今さら老人力

2016年5月頃 今さら老人力
早いもので洋楽カラオケに参加してから約半年。そこでは外国語で歌うことになっている。私のように英語で歌いたいけれど歌えない人にとっては、とても有難い決まりだ。どっちでもいいよと言われたら英語では歌えない。本当は歌いたいのにね。

英語で歌って意味わかる? と聞かれたことがある。殆ど分からないが、歌う曲については調べるので少しは分かる。なぜ洋カラ? と聞かれれば英語が好きだからと答えたいが言えない。出来ないのに好きだと言えば変な人と思われる。しかし、書くときは何も気にしない。だから下手でも書くのが大好きだ。

カラオケを始めたのは65歳のときだった。それまではカラオケ嫌いと思われていた。そんな私が殻を破ってカラオケを始めたのは、チャンスに恵まれたからだ。2005年頃のことだが老人クラブのヒヨコ英語教室で知り合ったAさんから下手同士でカラオケ行かないかと誘われた。

これがカラオケを始めた切っ掛けとなる。Aさんは高齢者のカラオケクラブに入ったが、初心者なので練習をしたいと言う。だけど一人で行くのは嫌だから練習仲間を探していたようだ。もう一人はBさんと聞いて安心した。

オンチは充分承知の上で選ばれたのだ。そういうことならやってみたい。オマケに秘密にしようと言うのだから有難い。誰にも知られることなく伸び伸びと歌えそうだ。あれから10年たったが依然としてオンチのままだ。直らないし克服もできない。楽しく付き合って行くしかない。Aさんともね。

隠し事が多くて恐縮だが、若いころから英語で何か歌いたいと密かに夢を抱いていた。これは純粋に夢であって本当に歌えるとは思っていなかった。こんな状態でも「洋カラ参加者募集」の誘いがあると心は揺れる。思い切って参加することにした。オンチで英語もろくろく出来ない私にとっては唯一のチャンスだからね。

半年たっても散々だが恥ずかしさよりも歌いたい思いの方が勝っていた。恥は隅っこに追いやられ、真ん中にはその思いがデンと居座っている感じだ。高齢になると羞恥心は薄れるから有難い。昔提唱された老人力が今になって付いて来たのだ。何をやってもノロマな私だが、この頃はゆったりした気分を楽しんでいる。
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2016年02月13日

寅さんってこんなもんか

2016年2月頃 寅さんってこんなもんか
洋楽カラオケ(洋カラ)を始めて3ヶ月たったが、依然として足踏み状態が続いている。思ったより百倍も難しかった。諦めても良さそうなものだが、他にやりたいことも出来ることもない。ただ外に出て歌っている限り我が身は安全、健康が保たれるのだ。

不本意ながら先天的音楽機能不全である。他の機能も万全ではない。スポーツ、ゲーム、金勘定等、何をやってもハンディが大き過ぎて楽じゃない。何事も人並みには出来ないのだから嫌になる。カラオケだって出来ないものの一つに過ぎない。

映画「男はつらいよ」の寅さんが大好きだ。天真爛漫、呑気そうで羨ましい。いつもマドンナに惚れて悩んでいる。一見マドンナさえ居なければ幸せと思える。だがそれは物事の一面に過ぎない。もし寅さんに女性の悩みが無かったら彼の人生は真っ暗だ。

インチキ商品は売れるだろうか。嘘がバレて商品に関する苦情が殺到するのではないか。テキ屋稼業に未来はあるのかとか悩みは尽きない。しかし寅さんは女性に惚れて幸せ、尽くして幸せ、そして捨てられても幸せなのだ。そうでなければ48回(「男はつらいよ」の作品数)も振られるはずがない。

顔で笑って心で泣いて、ひたすらマドンナの幸せを願いキレイに別れる。これぞ男と自画自賛して喜んでいるのだ。私も寅さんと同様に片思いしている。女性ではなくカラオケにね。実は密かに自画自賛しているのだが、それは書かないルール。寅さんみたいに笑い者にはなりたくないからね。

ところで私の母は歌が上手で詩吟の先生もしていた。私にもその血が流れている筈だが現状は厳しい、なかなか伴奏に合わせて歌えない。前回のカラオケ会では、伴奏に遅れて困ったので、一生懸命練習したら、今度は早すぎて伴奏の方が追い付かなくなってしまった。歌っていると、なにやら会場がざわつき出した。

笑い声も聞こえる。私は一生懸命だが周りはそうでもないようだ。この光景はどこかで見た様な気がする。そうだ、映画「男はつらいよ」の寅さんだ。彼はマドンナの為を思って一生懸命尽くしているのに、周りの者はどうせ振られるのにと冷ややかに笑っている。長いあいだ寅さんに憧れていたのにガッカリした。なんだ寅さんって、こんなもんだったのか。憧れて損した。

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2015年12月12日

初めての洋カラ

2015年12月頃 初めての洋カラ
2016年の目標は英語の歌を覚えること。と言っても習うのではなく、自分で勝手に練習して適当に歌うだけ。それには理由がある。音痴で英語力も無い、オマケに口が回らない。ここを直せば好くなるとか言われても直せないのだ。

若い時は英語が大好きだった。ただ好きなだけで学校で習ったわけではない。子供の私は勉強嫌いの英語ファン。普通の子がプロ野球選手に憧れるようなものだった。1946年に建設されたワシントンハイツ(合衆国空軍ワシントンハイツ団地)の風景を外から見てアメリカに憧れたのだ。緑の芝生に洒落た家、カラフルな自家用車、まるで夢の世界である。

2015年の秋、洋楽カラオケの会が立ち上げられると聞いた。こんな機会は一生に一度しか回って来ないので是非参加したいと思った。英語の歌と言うのは格好いいセリフの塊だから歌えれば気分が好いかもしれない。何も知らないまま夢だけが膨らんだ。

Yowkaraの案内メールが流された。そこには「洋楽に興味のある方なら、どなたでも大歓迎」と書いてある。あるある大いにある。オンチでも結構とは書いてなかったが遠慮なく参加させてもらった。やはり歌うのは難しかった。それなのに何故か歌いたい想いだけが募って来た。

半世紀も前のことだが、英語も多少関連する職に就くと、大好きだった英語が次第に嫌いになり、大嫌いになった。向いていなかったのだ。しかし退職して15年もたつと英語が懐かしくなってきた。英語で話したり歌ったり出来れば楽しいと思う。話すのは無理なので歌うことにした。これも無理な独り相撲だが。

カラオケを始めたのは65歳になってからだった。若い時は下手な歌を歌えば恥をかくだけだが、高齢者になると健康にいいと言ってくれる人もいる。好きだから歌っているだけだが、その流れにはシッカリと乗せてもらっている。

それから10年後、恐れ多くも洋カラに挑戦。普通ならリングに上がった途端にバタッと倒れノックアウトだが私は後期高齢者、人間機能的には既に死んでいる。何をやっても「ジイサンだからしょうがない」と周りが諦めてくれる。高齢化の流れがグイグイ私の背中を押してくれたのである。

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