2018年07月14日

貴重な二人会

こんな時が来るとは夢にも思わなかった。実は先輩と二人でカラオケに行ったのだ。さっそく注意された。「ダイナマイトが150トン」と「女を忘れろ」は人前で歌うなと言うのだ。追い打ちをかけるように「アンタには似合わないんだよ」と言った。

そうかも知れない。だけど胴長短足でハゲの私に似合う曲などあるのだろうか。外見は地味だが腹の中は派手な思いでいっぱいだ。昔の若者のまま化石化した私を心配しているのだろうか。不満は残るが皆も同じ気持ちかも知れない。だから大好きな二曲は歌うことを諦めた。先輩とのカラオケ会は、たまにしか開かれないが無視できない存在である。

先輩は、ゴルフ、スキー、テニス、パチンコ、マージャン、何でもござれの達人だ。仕事は出来るし英語もペラペラ。一方私は何も出来なくて仕事も苦手な人である。それなのに退職後にも付き合いがあるのは、二つの共通点があったからだ。

それはコンピュータが好きで、カラオケが嫌いということだった。およそ40年前のことだが職場の懇親会後に皆でカラオケバーに行くことになった。カラオケ嫌いの先輩は別行動をとることになり、私を誘ってくれた。そこはスピークロウと言う名のジャズを中心にライブを行っていた店と記憶している。ピアノとジャズボーカルが楽しめる落ち着いた雰囲気の店だった。

気が付いてみれば40年前のカラオケ嫌いが、何故か二人でカラオケをしている。実は私が誘ったのだ。もっと言えば自分の土俵に入れるつもりでね。ところが先輩は歌もすごく上手かった。二人しかいないので私が歌うときも静かに聞かなければならない。考えてみれば惨いことをしたものだ。下手な歌を聞くのは辛いかも知れない。まだ三回だけだが止めた方がいいかな。

先輩は何でも出来る人だから歌も上手い。しかし、やりたいことが多すぎてカラオケまでは手が回らなかったようだ。一方私は何も出来ない人、カラオケだって出来ないものの一つに過ぎない。一人でこっそり楽しめばいいものを、何故か人前で歌いたくなる。困ったものだ。

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2018年07月07日

気楽で楽しい四人会

洋楽カラオケは私にとってレベルが高すぎて緊張する。それなのに何故行くかと言うと、私なりに上手くなりたいからだ。他のカラオケ会にも参加しているが高齢の初心者同士の会である。残念ながら10年たっても何の進歩もない。お互いにね(笑)。

うまい具合に二人、三人、四人のグループに参加している。便宜上、ここでは二人会、三人会(片隅の三人カラオケ)、四人会と呼ぶことにする。今回は四人カラオケ会について書きたいと思う。この会だけは女性が一人居る。他は全て老いたる男ばかりだ。

四人会の世話役はB子さん、連絡調整・会計等すべてやってくれる。ある日突然、どうしたわけかドライブに誘われた。そして「気があるなんて思わないでね」と真顔で念を押された。80歳になるのに気が若い。Bさんは世界中を旅行しているが私は札幌界隈だけだ。この格差が話を面白くしてくれる。もっぱら聞き役だが。

BさんはA学院大学在学中の二十歳で運転免許を取り外車を買ってもらったそうだ。年齢から逆算すると1957年の話である。「ブルーバード誕生」以前だから驚きだ。初の女性ドライバー誕生との見出しで新聞にも載ったそうだ。その頃私は17歳、金を貯めて、やっと中古の自転車を買ったのは、その3年後だった。

四人会は月1回、一度も休まず10年以上続いている。これはBさんのお陰、彼女が居なくなれば自然消滅する運命だ。三人のぐうたら爺さんが、しっかり者のBさんに頼り切っている構図だ。

毎回ジョッキ1杯のビールが付き、年に4回の誕生会にはケーキとワインが付く、これはBさんの手配によるオマケだ。子供じゃあないからお礼もしなければとは思うが、10年間のサービスは現金に換算すると10万円にも及ぶ。相応のプレゼントとは思うが、気があるとか心配させるのも気の毒だから止めておこう。

四人会は一人が歌い、三人がおしゃべりするスタイルだ。それぞれが下手と自覚しているので、「おじょうず」と言われても困る。下手とも言われたくない。ここを直したらもっと良くなると言われても直せない。こんな四人がカラオケを楽しんでいる。

オンチだってカラオケを楽しめばよいと、口で言うのは簡単だが実行となると難しい。上手な人と一緒にやるのは気疲れするし、オンチばかりのカラオケ会もやるせない。両方参加すれば程よいバランスがとれるような気がする。一方が自由に楽しむ機会になり、もう一方が不自由ながら勉強の機会になるからだ。川の流れの様に時には急激に、時には緩やかに流れて行きたい。

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2018年06月16日

片隅の三人カラオケ 

2015年4月頃 片隅の三人カラオケ 
知り合った時は若者だったが、お爺さんになったら3人でカラオケをしている。月日のたつのは早いものだ。もともとは昔話を楽しんでいたのだが、10年もすると話のタネも尽きてしまった。ランチの代わりのカラオケである。

そもそもこの三人は、カラオケとか遊ぶことには全く縁がなかった「片隅の仲間」だ。スポーツと遊びが盛んな職場では、三人とも真面目一方で目立たない存在だった。ひょっとして、面白くない人として目立っていたのかも知れない。

M君とN君は根っから真面目で、仕事も普通に出来る人。一方私は必要に迫られて真面目なフリをしていた。どんな職場でも不真面目で仕事の出来ない人間の居場所はない。仕事が苦手な私は、不本意ながら真面目にしていた。

M君は真面目以外を全く認めない人だった。偽物の私から見れば面白くない人だ。そのかわり面倒見が好くて信頼できる人。N君も同じようなタイプだが、たまに隠れて悪いこともする。他人の駐車場に無断で駐車するとかね。お金はなるべく使いたくない人なのだ。

M君はその真面目さが認められて20人の部下を持つ身に昇進した。あの真面目一方で遊び知らずの彼がカラオケをやり始めたと聞いて驚いた。管理職になったらカラオケくらい付き合えなければと真面目に考えて一生懸命練習したようだ。

と言うことで片隅の三人カラオケでも微妙な格差がある。1番M君、2番私、3番N君という序列ができたのだ。N君は歌手の名も曲名もほとんど知らない。「砂山の砂が…、とか言うのあったよな」とか聞くので、私が「錆びたナイフ」と入れる。つまり、カラオケについては無関心なのだ。付き合ってくれているのだと思う。

M君はとても楽しそうに歌う。妙に鼻にかけた声を出したり、ゼスチャーもオーバーでマイクも激しく動いている。真面目な人柄とのギャップが大き過ぎて可笑しかった。軽い違和感を覚えたけれど、三人で楽しんでいることに比べれば取るに足らないことだ。

気分が好くなり身振り手振りを入れて楽しく歌えば、周りも楽しくなり盛り上がる。ただし、これは格好良くて上手い人の場合。私の場合は往年の東海林太郎のように直立不動で歌うべきだが体が勝手に動いてしまう。困ったものだ。

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2017年12月16日

偶然に導かれて

偶然に導かれてカラオケを始める
楽しむ為に頑張るなんて矛盾している。しかし頑張らなくては楽しめない。在職中はカラオケ嫌いと言うよりも、歌えない人として知られていた。長い間、自分でもそう思って来たが、二つの出来事がキッカケとなりカラオケを楽しむようになった。

第一のキッカケは親しくしているAさんに誘われたこと。下手同士でカラオケをやろうと言うのだ。もう一人の下手な人はお年寄りのBさんだが、しばらくして病気で亡くなられた。代わりに二人のお爺さんが仲間に加わった。4人グループだが私が一番若い。人は入れ替わったが12年も続いている。次は誰の番かなとか言いながら楽しんでいる。

Aさんは毎回、ジョッキ1杯のビールを御馳走してくれる。その上いろいろな割引サービスを利用して、当初は会費を150円ぐらいに抑えてくれた。歌が下手なお陰で大サービスを受けてしまった。まったく何が役に立つか分からない。

第二のキッカケは約10年前のこと。地元のコミュニティFMラジオ番組で中島公園の話をする機会があったが、放送時間が1時間もある。一人じゃもたないと思って元プロ歌手のCさんに応援を頼んだ。そして取材のつもりでCさんが主宰するカラオケ例会に参加した。

歌いたいから参加したと誤解されて半強制的にステージに立たされた。これが縁で例会にも参加するようになった。この二つの偶然がなければカラオケをやることはなかったと思う。チャンスに恵まれ老人力に背を押され、いつの間にかカラオケが趣味になっていた。

音痴だから練習しないと歌えない。せっかく練習をしたのだから、と言う気持ちに押されて歌いたくなるのだ。練習は動機づけとして何よりも大切である。決して上手くなるためではない。ところで、それよりもっと良いことがある。

例会で歌っていると緊張したり、楽しかったり恥ずかしかったりするから刺激になる。これが健康のために良い。毎日ノンビリ暮らしている私には適度なストレスが必要なのだ。12年前カラオケ嫌いの私が、偶然の機会に導かれてカラオケをするようになった。今は素直に楽しんでいる。

(オリジナルは「空白の22年間」)
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2013年09月02日

三本の矢

オンチがカラオケを続けるには工夫が必要だ。歌はダメなんだから、あるがままでは気分が持たない。知恵が必要になって来る。相変わらずオンチの浅知恵を巡らせている。

「今だって歌うのは恥ずかしいのですよ」
「そりゃそうだろう。オンチだからな」
「分かってください。この気持ち」
「何のために?」
「少しでも居心地を良くしたいのですよ」
「カラオケ会でか?」
「そうです。カラオケを楽しむ為の第三の矢を考えました」
「第三の矢?」

楽しむ為の第一の矢は、自分の歌を録音して聞かないこと。聞いたら自分が嫌になる。気分よく歌いたいなら己を知らないことが第一だ

第二の矢はカラオケを習わないこと。ここを直せばもっと良くなると言われても、それが出来ないから下手なままなのだ。それでいろいろ工夫している。私が皆様の為に出来ることは、人様の歌を心から楽しんで聴くこと。それに挨拶と拍手くらいだ。

第一と第二の矢は自分ひとりで出来ることなので既に実施済み。問題は第三の矢だ、こればかりはどうしても一人で出来ない。皆様の協力が必要である。

「実は先輩にお願いしたいことがあります」
「金と労働以外なら何でも聞いてやるぞ」
「上手いとか下手とか言わないで下さい」
「上手いなんて言えるわけないだろう。下手は俺の腹にグッと飲み込んでやる」
「有難うございます。評価を受けないことが第三の矢。皆様の協力がなければ出来ないのです」
「分かった分かった。何も言わないから心配するな」
「拍手はしてもいいですよ」

下手とは思うけど改めて言われると辛い。それに99%ダメと思っていても、1%の可能性を信じたい気持ちが心の片隅にある。だから止めを刺して欲しくないのだ。

その点拍手はいい、自分で勝手に解釈できる。手を叩く方は「あ〜ぁ、やっと終わったか」と思いながら拍手しても、私には「ガンバッタネー。前よりマシだよ」と、優しい励ましに聞こえる。

改めて整理すると、「自分の歌を聞かない」「カラオケを習わない」「評価されない」これが私の成長戦略「三本の矢」である。

「そんなことで何が成長するんだ」
「気分です。歌うっていいな〜。という気持ちがどんどん成長するんです」
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2013年09月01日

運命のカラオケ会

オンチなのにひょんなことで歌うことになった。正確に言えば、ひょん、ひょん、ひょん、ひょん、ひょんなことでカラオケを始めたのである。 つまりチャンスは5回もあった。

60代半ばでのことだった。この中の一つの「ひょん」でも欠けたら、人前で歌うことはなかったと断言できる。だからタイトルは「運命のカラオケ会」だが、事実のみを淡々と書くのが私のポリシーである。

「実は幾つかの偶然が私をカラオケの世界に導いたのです」
「そうかい。格好つけずに普通にしゃべれよ」
「分かりました。それでは事実だけを簡単に話します」

<Aさんが私を6年前にカラオケに誘った>
2007年、「ヒヨコ英語教室でお馴染みになったAさんから誘われた。3人の初心者が交替で歌うだけのカラオケ会。Aさんは私がオンチなことをよく知っているので安心して誘いを受けることが出来た。

<地元のラジオで元プロ歌手をゲストに>
コミュニティFMラジオ局の番組で中島公園の話を頼まれたが一人では心細いので元プロ歌手のOさんにゲスト出演のお願いをした。

<カラオケクラブ例会>
当時Oさんが会長だったカラオケクラブ例会に、放送の参考にしようと思って見学に行った。しかし会員にとっては私はただの参加者。歌いたいから来たと誤解され半強制的にステージに連れて行かれた。

「銀恋」の伴奏が始まった。お相手も来てくれたので急に歌いたくなった。「3人カラオケ」を始めて半年くらいたっていたので、その気になったのだと思う。

今でも不思議に思っているが、この文章には、幾つかの偶然の出来事が書いてある。その内の一つでも欠けていたら、今のようにカラオケを楽しんでいることはないと思う。

偶然出会った小さな出来事の連続が私の人生を左右していることに気付いて不思議に思っている。それでタイトルは「運命のカラオケ会」とした。大袈裟ではないょ。
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2012年10月06日

音痴なのにカラオケ

「1年半ぶりにカラオケ会に入っちゃいました。」
「再入会か? 情けないねぇ。ホームページを完成させるまで一人で頑張ると言ったろう」
「武士でないから二言もありますよ〜」

武士は信義を重んじるので、一旦口に出して言ったことは必ず守る。英語では、Samurai warriors do not change their minds. とか。ああ、武士でなくて好かった。こんなこともあろうかと、日ごろから男らしい発言は一切しなかった。しかし、この心がけ、こんなに早く役に立つとは夢にも思わなかった。私だって人並みに見栄も張るし外聞も気になる。「武士に二言なし」とか言ってみたいし、又そのように行動する立派な人と思われたい。 

「そんなことだから信頼を失うのだぞ」
「得るものもありましたよ」
「得るもの?」
「拍手してもらいました。嬉しかったですね」

歌って拍手してもらえるのだから、こんなに幸せなことはない。嬉しくて仕方ないのだが、そんな素振りは見せない。実は、有り難いと気づいたのはごく最近のことなのだ。

「拍手ってどこでだ?」
「カラオケの例会で歌ったときです」
「ほ〜、拍手されて嬉しかったのかい」
「そりゃあ、嬉しいに決まっているでしょ」
「そうかい、分かった分かった」

よく下手だから歌わないと言う人がいるが、私の場合はそれ以前の問題が立ちはだかっていた。 オンチだから伴奏に合わせて歌えないのだ。リズムもとれないので、一生懸命画面に映る色の変化に合わせて歌う。誰でも歌えるように、画面の文字色で指示してくれるのだからありがたい。しかし、音程が合っているかどうかは分からない。これが問題だ。伴奏から外れた歌は聞き苦しいかも知れないが、歌っている私はもっと苦しい。止めてしまいたいくらいなのに、歯を食いしばって頑張っているのだ。

「だのになぜ歯をくいしばり〜♪ 君は行くのか〜 そんなにしてまで♪」
「おやっ 上手ですね。さすが先輩!」

せめて自分だけでも楽しく歌いたいと思っていたら、そのときがついに来た。気のせいかもしれないが、ある日突然声が伴奏に乗ったように感じたのだ。とても気分がいいものだ。「前より好くなったね」と言われ、嬉しさ倍増。

「拍手がそんなに嬉しいかい」
「ええ、この1年半は歌っても拍手が全然なかったですからね」
「どこで?」
「家で」
「奥さんに頼めば?」
「留守のときしか歌えないのです」

カラオケ会を止めるとき唯一の気がかりはカラオケに行けないことだった。しかし、よく考えてみれば、一人で歌っても同じことだ。どうせ誰も聴いていないのだから。一人で歌えば誰にも迷惑をかけないし、何も気にしないで楽しむことが出来る。理屈はそのとおりだが何となくもの足りない。

「聞かせたいという想いがあったのでしょうか」
「オレは聞きたくないよ」
「そうですよね」
「人の歌も聴かないとね」
「なるほど了解。足りないのは聴くことでした」
「それだけじゃないだろう」
「はいはい、拍手です。毎度ありがとうございます」
「やれやれ催促か。拍手くらい幾らでもしてやるよ」
「無理しなくていいですよ」
「したいからするんだ!」
「ホントですか?」
「武士に二言はない」
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2008年06月08日

カラオケで喧嘩

カラオケボックスに入ったトタンに楽しい気分も吹き飛ぶような「事件」が起こった。原因は1匹の小さなハエ。あちらこちらに飛んだあげく入口の近くにポッと止まった。

追い出してやろうと思ってドアを開け、止まっているハエを帽子であおった。ハエは出ないで飛び回った。そのとき「なんでぶっつぶさないのよ」と、険のある声がした。振り向くとAさんが目をつり上げて、私をにらんでいる。

ハエはAさん側の壁に止行まった。情け容赦なく紙を丸めて思いっきりたたいた。わずかに外れたがハエは床に落ちてもがいていた。Aさんは「ぶっ殺してやる!」と言いながら思いっきり踏んづけた。

「殺さないで拾って外に出せばいいでしょ」
「なに言ってんのよ。手が汚れるじゃない」

「弱いからだに〜 かさねた無理を〜♬」
と歌いだすと、とたんにAさんが横やりを入れた。
「弱い女がそんなに好きかい!」
実は次の歌詞を聞かせたいのだ。Aさんにピッタリだ。
「かくしていたのか 濃いめの化粧〜♬」
奇麗と思っていたが、ハエの一件で印象は変わった。
「強い女は嫌いかい!」
少しは静かにしてほしい。ハエを一匹殺したくらいでそんなに強がることはない。バカらしい。
「いくども色を変えながら枯れて淋しく散ってゆく〜♬」
私だって皮肉の一つも言ってやりたい。

帰りはAさんが最寄の地下鉄駅まで送ってくれるが。ハエの一件が尾を引いているようだ。いつもなら「乗って行かない」と声をかけてくれるのだが、この日は違った。  

「バス何時?」とAさん。
「まだ42分あります。乗せてくれない」
と、Aさんに頼んでみた。意外にもこころよく乗せてくれた。車の中でAさんがいった。

「歩くの嫌なの?」
「嫌じゃないけど、お名残惜しいでしょ」
「そう。私もお茶でも飲もうかと思ったのよ」
それでバスの時刻を聞いていたのだと分かった。

「ハエをぶっつぶせ」と怒ったのは本気だ。だから、それを引きずって帰りたくなかったのだと思う。長い付き合いだが、二人でお茶をと言われたのは初めてだ。

Aさんは決して謝らない。その代わり命令を下す。「いろいろありましたが、丸ごとひっくるめて付き合ってください」。後でメールにこう書いてきたので、思わず笑ってしまった。
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2008年05月28日

カラオケクラブ例会

シニアは楽しい、好きなことが出来るからだ。カラオケ、ダンス、マージャンにゴルフと、楽しんでいる人も多い。できれば私も楽しみたいが、それは無理。人には得不得手がある。若いころなら「やればできるから、頑張りなさい」と言われればその気になる。しかし、この歳になると、生まれつきそうなのだから仕方がないとあきらめる。そもそも楽しむ為に頑張るなんて矛盾している。

そこで私が選んだ遊びは「記者ごっこ」。地元の超ローカルFM放送で吹けば飛ぶような番組を担当している。しかし、しょせんはボランティア。今日は苦手なカラオケの取材だ。果たしてどうなることやら。

ホテルのラウンジに40人くらい集まったが、いつもと違う華やかさがある。特に女性が美しい。同じシニアネットの仲間なのになぜこうも違うのだろうか? 少し考えてみた。原因はパソコンだ。パソコンを背負っていないからお洒落ができるのだ。

勉強会の後でも、みんなそろってホテルへランチに行くことがある。重そうなリュックサックを背負った集団を、ホテルマンは何者と見ただろうか。登山でもない。旅行者でもなさそうだ。さては新手の行商人か?

カラオケクラブ例会は新任のO部長の引き語りで始まった。実にうまい。うまいはずだ。往年の人気テレビ番組で歌っていた経歴があるのだ。私が担当する地元のラジオ番組にゲストとして出演をお願いした。そして放送の前の取材のつもりでカラオケ例会に参加させてもらったのだ。

番組のタイトルは「音楽と写真と中島公園」とした。Oさんがドン・ホーの歌を4曲くらい選んでくれた。ハワイ公演、テレビ出演などの思い出話など話題も豊富だった。Oさんの得技は音楽だけではない、写真の腕も素晴らしい。

実は、中島公園の写真が2枚も北海道新聞に掲載されたことがあるのだ。国指定重要文化財豊平館と札幌コンサートホール・キタラを撮ったものである。中島公園に関するサイト「中島パフェ」の管理人としてはとても嬉しいことだ。この放送が縁でオンチの私がカラオケ会に参加するようになった。偶然の出会いが私に趣味を与えてくれた。感謝!
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2002年10月05日

ヒヨコ英語教室

2002年10月頃 ヒヨコ英語教室
退職したばかりの頃だが暇つぶしに市内の老人福祉施設に行った。「12月25日はクリスマス演芸会です。男性は黒いスーツに蝶ネクタイをして下さい」と先生は言った。

ここは高齢者対象の「ヒヨコ英語教室」。五つある教室が合同で大ホールを借りきりイベントをやるそうだ。私にとっては初めての舞台である。これはエライことになったと思った。

小学校の学芸会以来、舞台などに上がったことがない。蝶ネクタイまでするのだから嫌にる。普段は教室の片隅で大人しくしているのだが、こんなことを言われては黙っていられない。間髪入れず異議を唱えた。

「あの〜、蝶ネクタイは持っていませんが」 
私にとっては精一杯の抵抗だ。
「ご心配いりません。百円ショップで売ってます」
と、軽くかわされてしまった。

教室には分別のありそうなシニアが28人もいる。私が口火を切れば「嫌だ。嫌よ」の大合唱が起こると期待したのだが、そうは問屋が卸さない。思わぬ方向にどんどん進んで行ったのだ。

「蝶ネクタイは私が纏めて買ってきましょう。一人ひとり行くのも脳がないですからね」と仰る方が現れた。これも確かに分別だが事態は思わぬ方向に、どんどん進んで行った。

「女性は白いブラウスに黒のスカートがいいと思いますが」
「胸に赤いバラをつけるのはどうでしょう」
「男性もつけてもいいですか?」

一体どうしたことだ! ここでは私の所属していた社会とは全く違う常識が支配している。変わらなければならないのは私なのか? 信じたくはないが そうらしい。

こうしてクリスマス演芸会は始まった。意外にも皆さんは活き活きととして楽しそうだった。よく考えてみれば当たり前、好きな人しか参加しないのだ。嫌々来たのは私だけらしい。退職したばかりなので、無断欠席とか柔軟な対応が出来なかった。

結局これがカラオケを始める切っ掛けとなった。練習の為いつも隣で歌っていたAさんが3年後にカラオケに誘ってくれたのだ。もちろん私のオンチは充分知った上なので喜んで誘いにのった。英語の勉強は名ばかりで殆ど雑談と歌のヒヨコ英語教室だったが、私に新しい趣味を与えてくれる切っ掛けになった。
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