2020年09月05日

休憩のお知らせ

いつも「音痴のカラオケ」を読んで下さり有難うございます。とても少ない訪問者ですが、それ故に貴重です。私にとっては一人が千人ぐらいにも感じます。

残念ながら舌の手術をしたので、カラオケは当分の間無理なようです。しばらく、ブログの更新も休憩します。このブログは音痴でも歌いたい、私自身を励ます目的で開設しました。カラオケと二人連れなのです。休んで(^-^;) ゴメン

なお入院生活については、空白の22年間に書きました。読んで頂ければ嬉しく思います。申し訳ないのですが事実の記録ではありません。患者である私の気分を書いてみました。深海の夢の世界、竜宮病院で起きた出来事を、私の思い込みと想像で書いたフィクションです。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他

2020年07月04日

コロナ後の新世界

テレビで感染対策をしたカラオケボックスを見たら、何となく気が引けてしまった。その店では感染防止対策として、客席をアクリル板で仕切って、人と人との距離を取っていた。

そして、歌う場所と客席を透明なシートで遮り、飛まつの広がりを防いでいた。しかも従業員はマスクをして、更にフェイスシールドで身を固めている。ふと、戦争中の防空対策を思い出す。

爆風でガラスが割れるのを防ぐだめ、家のガラス戸の裏表に紙を貼っていた。母たちは防空頭巾を被りバケツ・リレーの消火訓練。無差別大空襲に遭う前は、これで空襲が来ても大丈夫と思っていたのだろうか、それとも気休め?

実際に大空襲に襲われると、訓練は犠牲者を増やしただけで、家は丸焼け。都民は逃げることが唯一最良の方法と悟った初めての下町大空襲の死者が10万に対し、2ヵ月後に襲った、更に規模が上回わる山の手大空襲の死者は4千人足らずである。

渋谷区は焼き尽くされ、被災者は焼け跡の廃材を利用してバラックを立てて暮らしていた。子供たちが集まるとよく空襲の話をした。逃げた逃げた、口々に自分がいかに勇敢に逃げたか自慢する。死線を越えた年上の子の話を聴いて凄いなと感心した。

話は戻るが、客席はアクリル板、ステージは透明シートで仕切り、マスクを付けて歌う。感染防止に必要だが、何となく不自然に見える。紙を貼ったガラス戸、座布団を被ったような防空頭巾とバケツを思い出してしまう。

いずれ終息すると期待しているが、新型コロナウイルスが、新種であることを考えると、別の新種が現れる可能性が高い。実は自然破壊でウイルスを攻めているのは人間だそうだ。

「原生林の破壊と乱開発を繰り返し、単一の家畜を過密状態で飼育する。ウイルスは新たな生息地を見つけ、伝染し、進化していく(東工大教授)」。なるほど辻褄があう。愚かな私は納得した。何分情報源はマスコミだけなので深いことは知らない。

「コロナウイルスは洞窟に居る三密が大好きなコウモリを宿としてヒッソリと暮らしていた。生物多様性の消滅、その一因となる地球温暖化などで棲み処を追われたウイルスが人間に近い動物を介して人間に、そして人間が飛行機に乗って世界中にばらまいた」。これは私の妄想。ともかく、コロナ後は元に戻すよりも、自然と共生できるような新しい地球を目指して欲しいと思う。

毎週土曜更新、またの訪問をお待ちしています!







posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他

2020年06月20日

饅頭の皮

新型コロナ感染地帯は、東京の夜の街と札幌の昼カラが全国的に目立っている。東京では若者も多いいが、札幌の昼カラでは悲しいことに、高齢者が主役だ。

新宿や夜の街と聞くと他所事のような気がするが、札幌、昼カラ、高齢者と来ては、まさに自分事である。これを書こうと思い、関係資料を調べていると、看過できない記事に遭遇した。

2020年6月16日北海道新聞「新型コロナと文明」国際政治学者納谷正嗣氏によると、新型コロナウイルスと大不況で世界は一変するそうだ。凄く興味がある。巨額のカネが利ざやを求めて、ものすごい勢いで世界を駆け巡っている経済は、庶民に関係あるのか無いのか分からないけれど落ち着かない。

こんな世界は変わって欲しいと思っても、戦争は絶対に嫌だし、革命も大地震も怖い。もちろん、感染症も怖いけれど新型コロナとして既に来てしまった。そして世界経済を徹底的に破壊している。世界中が遮断した中ではグローバル経済は成り立たない。

饅頭の皮が薄くても、中身は濃くなければいけない。それが環境破壊等で薄くなって行くのが心配だ。そうなったのは経済だけでなく、社会も同様である。

今までの流れは自由経済、カネがカネを呼ぶ仕組みが進化し続けていた。それに連れて格差は広がる一方だが、コロナ禍が低所得者層を直撃、とどめを刺そうとしている。たとえコロナ禍が終息しても、元に戻してはいけない。

政府は自由放任を止めて中産階級を増やす政策と取らなければならない。所得分配を超高額所得者から貧乏人移せば、中産階級が増える。口で言うのは簡単だが実行となると極めて困難。超高額所得者が自ら収入を減らすことはあり得ない。たとえ本人にその気があるとしても、取り巻き連中が許さない。

カネ取集システムが進化してお金持ちと言うアンコは大きくなり過ぎた。庶民という皮はアンコを包む大切な役目を担っているのに、懐が薄くなるばかりだ。皮にも厚さを持たせる必要がある。そうしなければ美味しい饅頭にはならない。

記事の末尾はこう結ばれている。皮が薄くてあちこち破れては饅頭も台無しである。中産階級の増加が饅頭の皮に奥行きを与えると思う。もともと饅頭そのものには格差はない。アンコも皮も美味しくてこその饅頭である。

毎週土曜更新、またの訪問をお待ちしています!
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他

2020年05月09日

役に立つゴロテレ

ゴロテレ、こんな言葉が流行っていた時代もあった。昔だからテレビは高く、買うだけで精いっぱい。買ったら遊びに行く金もない。仕方がないからごろ寝しながらテレビを観ていたのだ。

何もやる気が出なくてゴロテレしていることもあった。とにかく褒められたことではない。しかし、環境が変われば、常識は一変する。最近はステイホームでゴロテレしていれば褒められる。

一時的とは言え、ゴロテレが勧められる世の中に変わった。誰もが経験したことのないコロナ緊急事態に遭遇し、有効な対抗策として認められたのである。ゴロテレで家に閉じこもっていても、社会の為になると言うのだから、こんな嬉しいことはない。

コロナ禍が起こるまでは「グローバル化」という言葉で溢れていた。それが一変して鎖国と似たような状態になった。空港が駐機している旅客機でいっぱだ。それをテレビで見てビックリした。空運業も観光業も成り立たなくなって3ヵ月たった。このまま1年もすれば、未曾有の経済危機が訪れることは確実だ。

スポーツ、音楽、映画、そしてお祭り、いずれも賑わってナンボの世界だ。それが全て出来なくなった。もちろんカラオケ、パチンコもダメ、こんな世の中が現実にやってくるとは想定外だ。パチンコはともかくカラオケだけは永遠と思っていた。

全てが真逆の世界になって3ヵ月たった。今年で80歳になるが、このような状況に遭遇したのは初めてだ。新型コロナウイルスは船や飛行機を利用する人に乗ってやってきた。観光、商売、スポーツ、芸能等、全てウェルカムと迎えていたが、手のひら返すように来るな! お互い様だけどね。

医療従事者や生活を支える為に働いている皆様の苦労は並大抵のものではないと思う。しかし、一方で80%の動かない人も必要とされている。動かないでゴロテレでは申し訳ないが、不要不急の用事で動き回れば、働かなければならない20%に人たちに多大な迷惑をかける。

この状態が長く続けば続くほど、世界が大きく変わる。かって人類が経験したことのない状況。コロナ後の世界がどう変わるかは、コロナ終息までの期間に比例すると思うが、どうだろうか?
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他

2020年04月25日

ソーシャル・ディスタンス

終わりが分からないコロナ問題だが、医療従事者その他、困難を抱えて社会を支えている人たちには、心から感謝しなければならない。私自身は喘息・肺炎持ちなので感染すれば、数少ない人工呼吸器のお世話になる身だから外出自粛中。

家にこもって、2ヶ月を超えたが意外にスムーズに順応している。変わったことと言えばカラオケに行けなくなったことくらいだ。毎日、歌を聴いて楽しんでいることには変わりはない。実は歌の練習をしようと思ったが、何となく気分が乗らない。昔はよくBGMとして音楽を聴いていたが、今はベッドの上と歩いている時しか聴かない。つまり他のことをやる時は聴かないのだ。

近所の中島公園を散歩するときは、鳥の鳴き声を聴きたいとか明確な目的が無い限り、歌を聴きながら歩いている。ある日、イヤフォンで聴きながら歌ったらとても気分が好かった。

公園の散歩もいいけれど、人との距離は2メートル取る必要がある。これをソーシャル・ディスタンスと言うそうだ。小さな声で歌うのはいいが人に聞かれたら恥ずかしい。人との距離を取る手段として、小声で歌うことにした。聞かれまいと思えば、自然に2メートルの間隔を取れる。楽しみと予防の一石二鳥である。

歌いながら歩いていると5,6メートル前方を横切る人が見えた。何故か、こっちを向いて「俺、呼んだ」という風な顔をした。最初は何だろう? と不審に思ったが、どうも聞こえているらしい。歌でもない意味不明の音声としてね。

自分はイヤフォンで聞いているので、小さい声のつもりでも、人が聞けばかなり大きいのだ。そうでなければ5メートル先には届かない。仕方がないので左右前方10メートルに間隔を広げることにした。歌うのは楽しいけれど、聞かれたら恥ずかしい。

以前、ある人が「公園に変な人が居るんだよ。歌いながら散歩してるんだ」と言ったことを思い出した。一人で散歩するのは健康に良いとしても、変な人と思われたら楽しくない。

やはり、カラオケボックスで歌うのが一番だ。だけど音が外に漏れてはいけないので密閉、大勢で行けば密集の密着だ。これでは好みが、コロナウイルスと全く一緒ではないか。嫌になっちゃうね。密閉密集密着とは、相当前から無縁と思っていたが、それでは生きて行けないことが分かった。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他

2020年04月18日

最後のカラオケ?

2月12日の洋楽カラオケ会が私の最後のカラオケになるかも知れない。顧みれば、音痴なのに無理を重ねて歌って来たたものだ。コロナ感染が収束しない限り、間違いなく最後となるだろう。ところで、私はコロナ収束後の世界を、ぜひ見たいと思っている。

世界中が鎖国のような状態になり、駐機している旅客機が空港にズラリと並んでいる。テレビでは閑散とした新宿・渋谷・銀座が放映されている。そして「皆さん外に出ないでください。人と距離を取ってください」と訴えている。

安いマスクは中国製であることが分かった。設置するトイレも中国製。それが無いから家を建てられないそうだ。トイレがあるから家を建てられるなんて、世の中逆転だ。世界は航空機で頻繁に繋がり、多くの人々が接触し、世界中が分担して部品を作り、製品化していることも分かった。

こんなことも知らないで、ひたすらカラオケを楽しみ、「音痴のカラオケ」を書いていた。私が、こんなにバカだとは79歳になるまで知らなかった。こうなったら何とかして、コロナ収束後まで生き延びたい。各国が鎖国して、市民がソーシャル・ディスタンスをとって、家に閉じこもった結果が、どうなるか見届けたいのである。

世の中がまるで修道院のようになってしまった。それでも、コロナ収束という目標を皆で共有できると思えば良いと思う。二人ぐらしだが、お母さんも愉しそうだ。政府の目標は今から1ヶ月の実施で収束だが難しそうだ。しかし、永遠と言うことでもない。聞いた話では人間の6割が免疫を持つと収束するそうだ。

これは凄く賢いウイルスだと思った。エサである人間を根絶やしにしないで取って置く。このようなズル賢いウイルスには絶対に負けたくない。三密(密閉、密集、密着)は千三つとは違う。80%の確率で成功する。根拠は無いけれど、そう思うとやる気が出る。家にこもってジッとするにもやる気は必要だ。

現代社会はいろいろな意味で行き詰まっている。事態が後一ヶ月で収束すれば、元に戻れると思う。長引けば、世界は変わるかも知れない。政治経済のような高いレベルについては、エライ人たちの議論に委ねるとして、遊興施設で残るのはどれだろう?

キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホール、バー、個室付浴場業に係る公衆浴場、ヌードスタジオ、のぞき劇場、ストリップ劇場、個室ビデオ店、ネットカフェ、漫画喫茶、カラオケボックス、射的場、競馬投票券発売所、場外車券売り場、ライブハウス。よくもこんなにあるものだ。果たして何が残るのか?
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他

2020年03月21日

英語ファン

英語が好きだと言うと、出来ると勘違いされるので困る。言うまでもなく英語は苦手だし、勉強したいとも思わない。ただ聴くのも観るのも大好きだ。だから私は英語ファン、楽しむだけで出来ない人。以前はそいう自分を許せなくて、英語に関することは一切書かなかった。ついに耐えきれず書いてしまった。好きだからね。

実は仕事の関係で少しだけ英語の勉強もした。中学の英語もろくろく知らない若者を集めて三ヶ月で仕事をさせようと言う訓練を受けたのだ。毎日試験があって、朝から晩までの英語漬けだった。勉強はアメリカン・ランゲージ・コースを一ヶ月。そして業務用英語を二ヶ月、合わせてたった三ヶ月の勉強だが、英語ファンとしては十分堪能した。だけど仕事をしろと言われても無理!

訓練後の赴任先は埼玉県のジョンソン基地内にあった。そこで働く飛行管理隊の人たち はタイプライターを前にしてヘッドセットを付けて座っていた。知的な仕事のような気がして嬉しかった。これで肉体労働から解放されたと思ったのだ。

米軍基地からくる飛行管理情報を電話で受けながらタイプするのが仕事だ。楽そうに見えたが大間違い。米軍兵士は多種多様、日本人を意識した分かり易い言葉遣いの人から、乱暴で意地悪な人までいた。言葉は分からないしタイプも追いつかない。

「もう一度言って下さい」とお願いすると「他の人を出せ」と言う。こんなことは教科書になかったぞ! 替わってもらえるのは、せいぜい最初の1ヶ月で、たちまち落ちこぼれた。

「お前は訓練中の成績はいいのに現場はまるでダメだね」、以前も、その後も嫌と言うほど聞いたセリフをここでも耳にした。結局、半年たっても慣れることはなかったので辞めた。その後も失業とアルバイトを繰り返し、23歳で安定職場に就職できた。

少しは英語も必要な職場だが、相変わらず英会話も読み書きも苦手だ。幸い業務英語だけキチンと覚えれば90%はこなせる仕事だが、困ったのは頭の回転だ。ノロマの私には全く向かない仕事だった。頭を良くする方法はないので真面目一筋で凌いだ。

定年退職後10年たつと過去を忘れ、再び英語ファンになった。そして、5年たちカラオケも始めた。更に10年たったら、人生最後のチャンスと思ったのか、洋楽カラオケをやりたくなった。英語ファンの虫が蠢き始めたのである。メチャクチャだったが周囲の温かい配慮で何とか続けることができている。

今はテレビやユーチューブで、古い映画や懐かしいテレビドラマを丸ごと観れる。二か国語は英語を選択して観たりするが、サッパリ分からない。英語ファンだからひたすら雰囲気を楽しんいる。洋楽カラオケも、そんな気分で歌ったりして(^-^;) ゴメン
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他

2019年08月17日

恥は無限の資源

私は人間だから人間とは何だろうと考える。日本人だから日本人とは何だろうとも考える。ここまでは当然だが、音痴とは何かについても考えている。ここが少しおかしいかも知れない。

人間も日本人も簡単には辞められないが、音痴はカラオケ止めれば済むことだ。悩むことも考える必要もない。だけど悩み考えながら楽しんでいる。ところで新婚のインタビューで奥さんのどこが好きですかとか聞かれて、全てですとか答える夫がいる。

カラオケのどこが好きだか誰も聞いてくれないが、もし聞かれれば「全てです」としか言いようがない。音痴だから何処が好きだか分からないのだ。それなのに面白がってやっている。私の人生、全てそうだった。出来ないくせに、いろいろ手を付けた。

何十年前か忘れたが、パチンコばかりしている時期もあった。玉を一つずつ入れる時代だった。不器用だから素早く入れることはできないが一生懸命やっていた。必勝法を自分なりに研究して実行した。確か1台に付き定量が4千円の時代だったと思う。

1台で儲けられる限度が定量だが、それで満足し二台目に挑戦したことがない。定量まで玉が出なければ閉店までねばった。「蛍の光」の曲が店内に流れると、店中回って玉を多く出している台を探してメモした。翌朝は開店と同時に入って、作成した「出玉メモ」を参考にして実績のある台を選んだ。こんな方法では損はしないが、時間ばかり食われる。バカバカしくなって止めた。

パチンコより株の方が面白いと思った。しかし私のやり方では損はしないけれど、儲かりもしない。安く買って高くなったら売る、それの繰り返しだから単純でいい。しかし高くならない株は持っているより仕方がない。当然塩漬け状態の手持ち株が増える。全ての塩漬け株を損切という形で処分したら、小遣い銭程度のプラスにしかならなかった。労多くして益少ない。結論として私には向かないと思った。

パチンコ3年、株8年、一生懸命のときは何故か楽しい。損することを恐れてビクビクやるようになると、次第に厭きてきた。何をやっても一か八かの勝負を避けて、単なる時間つぶしにしてしまう。我ながらつまらない性格である。

カラオケは損する恐れがないから、恥ずかしながら楽しんでいる。恥はかき捨てで無限の資源かも知れない。プラスチックみたいに環境を破壊したりしない。知らずに迷惑をかけてるかなと、振り返っても、そこにはただ風が吹いているだけである。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他

2019年08月03日

同じくらい楽しい

人間の身体能力は人体の設計図と言われているDNAで決まっているそうだ。なるほど、私が音痴なのも遠い昔、未知の誰かさんが書いた設計図のせいなのだ。

人間の持つ潜在能力はとてつもなく大きいそうだ。ならば何をやっても人並みに出来ない私は、潜在能力が隠れたまま出てこないのだ。なるほど、奥ゆかしい性格が邪魔しているのだな。結構じゃあないか。図々しいのはのは大嫌いだ。

遺伝子の機能は、電灯のスイッチのように、点けたり消したり出来るそうだ。なるほど、生きる為の最低限の機能が全部オンになっているので78歳まで生きてこれたのだ。音楽機能がオフになっていたからと言ってモンクを言えた義理ではない。私の知らない遠い昔の設計者に感謝すべきである。

私は何もかも最低限のことしか出来ないヒトとして設計され、造られている。スポーツ、ゲーム、音楽を含むアートのスイッチが、全てオフになっているのだ。生かしてはくれるが、楽しめないように設計されているのである。ならば意地でも楽しんでやろう。

なんて思う訳がない。そういう類のスイッチは全てオフなのだ。ひたすら生きるように設計されている。この年になってみると、とても有り難い。これからも書いて歌って、無理して楽しむつもりだ。

書くは文学、歌うは音楽、アートのスイッチは全てオフ、私は無理して楽しまなければ楽しめない人間なのだ。こんなことは意識しないで無邪気に楽しめればいいのだが、そうは行かない。私は自分を外から見れるように設計されているからである。

自分を客観的に観察するスイッチは全てオンになっている。書いている自分が、書かれている自分を笑っている。こんな人生も味があり面白い。究極の自己満足だが、それだけではない。いつか花開くことを夢見ている。宝くじで三億円当たるくらいの確率で実現できる夢、宝くじと同じくらい楽しいよ。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他

2019年07月06日

ビミョーに楽しい

運の悪い人が、たまたま上手く行くと、それが成功体験として心に深く刻み込まれる。例えば、パチンコで大儲けする。それがキッカケとなり、のめり込んで全財産を失ったりする。当てた体験が、負けが込んでも次こそ当たると思わせるのだ。

うだつの上がらない人でも、長く生きていると一つぐらいは成功体験がある。私にとっては北海道新聞コラム「朝の食卓」の執筆依頼がそんな感じだ。20人の執筆者の一人として2年間書かせてもらった。ろくな文章も書けないウェブサイト管理人としては、パチンコの大当たり以上に感じる成功体験となった。

こんな幸運は一生に一回つけば充分なのに欲が出た。愚かな私は何かありそうな予感がしたのである。ユニークな人として推薦されたのだから2回目がある筈がないのにね。

いろいろやってみたが全て失敗した。しかしパチンコの大当たりでなくて好かった。ただ駄文を書いてはアップしているだけだから貯金を失うこともない。と言っても、世間を賑わせている2千万円には足りないから、老後(中)の不安に少しだけ怯えている。

10年間に渡る試みは全て失敗した。そして最後の賭けに出たのが、この「音痴のカラオケ」である。自己満足の暇つぶしとして、未だに続いている。少数でも読んでくれる人がいる限り、やる気満々。情け深い読者に感謝している。

私は極めて性能の悪い車みたいなものだ。ガソリンがないと動けない。誰かが読んでくれるかも知れない、と言う思いを燃料にしてノロノロ動く車なのだ。はたから見れば止まっているように見えても、私には微妙な動きが分かるから楽しめる。

書くことはビミョー、物足りなくもなくビミョーに楽しい。充実感さえ、あるような気もする。ワクワクもしないし、ドキドキもしないけれど面白い。ゆっくりとした静かな暮らしがとても心地よい。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他