2019年08月17日

恥は無限の資源

私は人間だから人間とは何だろうと考える。日本人だから日本人とは何だろうとも考える。ここまでは当然だが、音痴とは何かについても考えている。ここが少しおかしいかも知れない。

人間も日本人も簡単には辞められないが、音痴はカラオケ止めれば済むことだ。悩むことも考える必要もない。だけど悩み考えながら楽しんでいる。ところで新婚のインタビューで奥さんのどこが好きですかとか聞かれて、全てですとか答える夫がいる。

カラオケのどこが好きだか誰も聞いてくれないが、もし聞かれれば「全てです」としか言いようがない。音痴だから何処が好きだか分からないのだ。それなのに面白がってやっている。私の人生、全てそうだった。出来ないくせに、いろいろ手を付けた。

何十年前か忘れたが、パチンコばかりしている時期もあった。玉を一つずつ入れる時代だった。不器用だから素早く入れることはできないが一生懸命やっていた。必勝法を自分なりに研究して実行した。確か1台に付き定量が4千円の時代だったと思う。

1台で儲けられる限度が定量だが、それで満足し二台目に挑戦したことがない。定量まで玉が出なければ閉店までねばった。「蛍の光」の曲が店内に流れると、店中回って玉を多く出している台を探してメモした。翌朝は開店と同時に入って、作成した「出玉メモ」を参考にして実績のある台を選んだ。こんな方法では損はしないが、時間ばかり食われる。バカバカしくなって止めた。

パチンコより株の方が面白いと思った。しかし私のやり方では損はしないけれど、儲かりもしない。安く買って高くなったら売る、それの繰り返しだから単純でいい。しかし高くならない株は持っているより仕方がない。当然塩漬け状態の手持ち株が増える。全ての塩漬け株を損切という形で処分したら、小遣い銭程度のプラスにしかならなかった。労多くして益少ない。結論として私には向かないと思った。

パチンコ3年、株8年、一生懸命のときは何故か楽しい。損することを恐れてビクビクやるようになると、次第に厭きてきた。何をやっても一か八かの勝負を避けて、単なる時間つぶしにしてしまう。我ながらつまらない性格である。

カラオケは損する恐れがないから、恥ずかしながら楽しんでいる。恥はかき捨てで無限の資源かも知れない。プラスチックみたいに環境を破壊したりしない。知らずに迷惑をかけてるかなと、振り返っても、そこにはただ風が吹いているだけである。
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2019年08月03日

同じくらい楽しい

人間の身体能力は人体の設計図と言われているDNAで決まっているそうだ。なるほど、私が音痴なのも遠い昔、未知の誰かさんが書いた設計図のせいなのだ。

人間の持つ潜在能力はとてつもなく大きいそうだ。ならば何をやっても人並みに出来ない私は、潜在能力が隠れたまま出てこないのだ。なるほど、奥ゆかしい性格が邪魔しているのだな。結構じゃあないか。図々しいのはのは大嫌いだ。

遺伝子の機能は、電灯のスイッチのように、点けたり消したり出来るそうだ。なるほど、生きる為の最低限の機能が全部オンになっているので78歳まで生きてこれたのだ。音楽機能がオフになっていたからと言ってモンクを言えた義理ではない。私の知らない遠い昔の設計者に感謝すべきである。

私は何もかも最低限のことしか出来ないヒトとして設計され、造られている。スポーツ、ゲーム、音楽を含むアートのスイッチが、全てオフになっているのだ。生かしてはくれるが、楽しめないように設計されているのである。ならば意地でも楽しんでやろう。

なんて思う訳がない。そういう類のスイッチは全てオフなのだ。ひたすら生きるように設計されている。この年になってみると、とても有り難い。これからも書いて歌って、無理して楽しむつもりだ。

書くは文学、歌うは音楽、アートのスイッチは全てオフ、私は無理して楽しまなければ楽しめない人間なのだ。こんなことは意識しないで無邪気に楽しめればいいのだが、そうは行かない。私は自分を外から見れるように設計されているからである。

自分を客観的に観察するスイッチは全てオンになっている。書いている自分が、書かれている自分を笑っている。こんな人生も味があり面白い。究極の自己満足だが、それだけではない。いつか花開くことを夢見ている。宝くじで三億円当たるくらいの確率で実現できる夢、宝くじと同じくらい楽しいよ。
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2019年07月06日

ビミョーに楽しい

運の悪い人が、たまたま上手く行くと、それが成功体験として心に深く刻み込まれる。例えば、パチンコで大儲けする。それがキッカケとなり、のめり込んで全財産を失ったりする。当てた体験が、負けが込んでも次こそ当たると思わせるのだ。

うだつの上がらない人でも、長く生きていると一つぐらいは成功体験がある。私にとっては北海道新聞コラム「朝の食卓」の執筆依頼がそんな感じだ。20人の執筆者の一人として2年間書かせてもらった。ろくな文章も書けないウェブサイト管理人としては、パチンコの大当たり以上に感じる成功体験となった。

こんな幸運は一生に一回つけば充分なのに欲が出た。愚かな私は何かありそうな予感がしたのである。ユニークな人として推薦されたのだから2回目がある筈がないのにね。

いろいろやってみたが全て失敗した。しかしパチンコの大当たりでなくて好かった。ただ駄文を書いてはアップしているだけだから貯金を失うこともない。と言っても、世間を賑わせている2千万円には足りないから、老後(中)の不安に少しだけ怯えている。

10年間に渡る試みは全て失敗した。そして最後の賭けに出たのが、この「音痴のカラオケ」である。自己満足の暇つぶしとして、未だに続いている。少数でも読んでくれる人がいる限り、やる気満々。情け深い読者に感謝している。

私は極めて性能の悪い車みたいなものだ。ガソリンがないと動けない。誰かが読んでくれるかも知れない、と言う思いを燃料にしてノロノロ動く車なのだ。はたから見れば止まっているように見えても、私には微妙な動きが分かるから楽しめる。

書くことはビミョー、物足りなくもなくビミョーに楽しい。充実感さえ、あるような気もする。ワクワクもしないし、ドキドキもしないけれど面白い。ゆっくりとした静かな暮らしがとても心地よい。
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2018年08月25日

9月から「空白の22年間」更新

オンチは好きでないがオンチな私は大好きだ。私は自分を嫌えない人だからハゲてる私も大好きである。たとえ100%の女子大生から嫌われてもね。これはジョークではない。数年前にある企業が実施したアンケートの結果だ。私は予言する。君たちの多くは嫌いなハゲと結婚するだろう。新婚の時ふさふさでも潜在的禿頭症の男子は、決して少なくはない。

早いもので2018年4月1日に「オンチ(音痴)のカラオケ」を開設して5ヵ月たった。このテーマに興味のある未知の人にも読んで欲しいので、検索順位にも拘っている。この日の結果だが「オンチのカラオケ」「音痴のカラオケ」、いずれで検索しても1ページ目に表示される。私としては精一杯のPRだが手ごたえはホンの少し。音痴に興味のある人は少ないようだ。今のところはね。

そろそろもう一つのブログ「空白の22年間」に戻りたいと思う。生まれてから22歳までの記憶を又探りたくなった。存在を示す記録は、戸籍謄本と母に抱っこされた1枚の写真しかない。3歳くらいから22歳までの人生を、記憶を頼りに何とかして取り戻したい。

有れば捨ててしまうような物でも無ければ見たくなる。幼少年の頃はどんな顔をしていたとか、知りたいことは山ほどある。一つのことを思い出すと芋づる式に次々と思い出す。私は誰? どこでどのように育ったのだろうと、記憶をたどる旅は厭きることがない。物的手掛かりがないから興味が尽きない。

何時までも教育(今日行く所がある)と教養(今日も用事がある)と言ってはいられない。そう思って遠い将来のことを考えてみたら、そこには何もなかった。一方、過去を振り返れば宝の山。老化の進んだ私にはそう見えるから有難い。

9月1日(土)より「空白の22年間」を更新、「オンチのカラオケ」の更新はお休みです。
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2018年06月23日

鴨々川ノスタルジア公式ムック

6月23日の「オンチのカラオケ」更新は休みます
申し訳ありませんが都合により6月23日の更新は休みます。「ぼけっと5号」の原稿執筆に専念したいと思います。何をやってもノロマです。まったくボケっとした話で申し訳ありません。次の更新は6月30日です。よろしくお願い致します。

「ぼけっと」はすすきのと中島公園を流れる鴨々川に思いを巡らせて、毎年開催される「鴨々川ノスタルジア」の公式ムック。すすきの・中島界隈を話題とする超ローカル誌とも言われています。

「ぼけっと1号」2014年10月発刊
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中島公園の歴史について書きました。

「ぼけっと2号」2015年10月発刊
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菖蒲池の東側に鎮座する「木下成太郎像」について。

「ぼけっと3号」2016年10月発刊
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中島公園で子育てを完遂した11羽の子を持つオシドリママ。

「ぼけっと4号」2017年9月発刊
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薄野生まれで中島育ちのマガモ親子について書きました。

ぼけっと5号の発刊は9月の予定ですが、原稿の締め切りは今月の23日です。それで今週の「オンチのカラオケ」は休みました。5号には中島公園内を流れる鴨々川にサクラマスが遡上して産卵した。という2007年秋に起こった珍事について書きました。河川工事をめぐる三事件の一つです。

ウェブサイト「中島パフェ」管理人nakapa
(このブログの管理人でもあります)
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2010年02月28日

シャルウィダンス?

歌とダンスが得意のAさんは私より7つ若い元同僚。彼から「面白い所に案内するよ。金はかからないから」と電話があった。好奇心もあって行くことにした。Aさんはよくダンスの話をするが踊っている姿を見たことがない。口ほどかどうか見てやろうと思った。

「ダンスだったら出来ないよ」
「いいのいいの、飲んで食べて1000円ポッキリ」
Aさんはバックを二つ持ってやってきた。 

「店に入るときこれ持ってくれない」
「何ですか。これ?」
「ダンスシューズさ」
「ダンスできないって言ったでしょう。靴も合わないよ」
「いいのいいの。これ持ってれば1000円だから」

入ってみると、意外にも小奇麗なところだ。天井のキラキラ光るライトがクルクル回っている。フロアの向こうにステージが見える。ソファに座り、やっと気分が落ち着いた。ビールを飲みながら話は弾む。瞬く間に1時間が過ぎてしまった。Aさんはキョロキョロ辺りを見渡したと思ったら、「ちょっと踊ってくるわ」と言って席を立った。

さすがはダンスの達人、さっと手を斜めに上げた格好などは、映画で見た「サタデーナイトフィーバー」の青年にそっくりだ。異変は、この後に起こった。さっさと帰ればいいものを一応、挨拶して帰ろうとと思ったのだ。

Aさんは女性を連れて来て踊ってやって下さいと言った。そんな風に聞こえたが聞き違いかも知れない。ともかく挨拶して帰ろうと思った。

「楽しかったよ。用事もあるし帰るよ」
「せっかくだから、帰る前に踊っていったら」
横で初対面のやや若い地味な女性が肯いている。
「ダンスはダメなんですよ」
「ブルースだから、ただ立っているだけでいいのよ」
スローな音楽が聞こえる。

私は30分間、この席でダンスを見ていたが、まるでダンスの練習場のようだ。立ち止まっている人などいない。だがビールを1時間半も飲んでほろ酔い気分だった。ほろ酔いはいけない。気が少しだけ大きくなり、ロマンチックな気分は更に大きくなる。しかも記憶にはちゃんと残るのだ。

私は予定とは全く違う行動に出てしまった。いろいろ失敗して終わった頃はとても恥ずかしかった外に出てホッとした。幸いだれも知った人に会わない。私が喋らなければ、何事もなかったのと同じことだ。知らない街はホントに有難い。旅の恥はかき捨てでいいのだ。

「ダンスはどうだった?」
「あれはいいんです」
「なに?」
「恥は書かないことにしています」
posted by 中波三郎 at 01:03| Comment(0) | その他