2017年05月06日

洋楽カラオケは楽しい


2017年05月06日 洋楽カラオケは楽しい
「グッモーネン先輩、ハオユ?」
「ご機嫌よくないね。なまってるぞ」
「英語は大好きですが喋れないから歌ってます」
「コッソリ歌うのは勝手だが書くんじゃないぞ」
「喋れなくて歌えなくて書けなかったら、私はどうしたらいいのですか」
「そんなこと知るか」
「好きなことが出来ないのは辛いです。こうなったら先輩だけが頼りです」
「友達いないのか。うっとうしいな。好きなように書きな」
「書いていいのですか。有難うございます。テンクサラーッ

遊びも運動も苦手な私は仕事も苦手だった。それでも何とか工夫して定年まで勤めて上げてハッピーリタイアメント。そして、始めたのがカラオケである。恐るおそるの挑戦だが、歌うなと言う人は居なかった。それどころか健康にいいからと励まされた。1年後には上手くなったね」と言ってくれる人さえ現れたのだ。これでは面白過ぎて止められない。

演歌がダメなら洋楽があるさという気分で、洋楽カラオケを始めて早くも1年半たった。何を歌ってもダメなことは横に置いて、目先の気分を変えて楽しむことにした。そもそも音痴と言うものは、背が高いとか足が短いとかと同じようなもの。私の個性だから直らない。しかし背が高くて足が長ければ速く走れるとは限らない。逆も真ならいいのだが。

スポーツ・ゲームがダメな私は勝ち負けのない趣味としてカラオケを選んだ。もちろん私の手の届かないところでの勝負はあると思う。しかしゲームなら最初から勝ち負けを争わなければならない。私にとっては余りにも厳しすぎる。

「将棋だって自分なりに楽しむことができるだろう」
「そうでしょうか」
「レベルが同じような人と楽しめればいいんだよ。仕事じゃないんだから」
「そうですね」
「何故そうしない」
「碁・将棋・マージャンなど何でもやりました」
「やったのか?」
「だけど勝ったことはないし何時もビリ」
「自分なりに楽しめばいいんだよ」
「不可能です」
「なんで?」

「どうしても聞きたいと言うなら話しましょう。最初はね下手同士で楽しもうよとか言っている人がですよ。強くなると私との対戦を嫌がるようになるのです。誰もが同じです。そんなことを繰り返している内に、相手になってくれる人が誰も居なくなりました。一番下手とはそういうことです。まだ言いたいことの半分も言ってませんが、もっと聞きたいですか」

「分かった分かった。もういい。こんど一緒にカラオケ行こうぜ」
「有難うございます。ウウァンドフォウ! シンギン シンギン」
「素晴らしいと言ってるつもりか。お里が知れるぞ」
「独学ですから」
「学と言うほどでもないだろう」
「一人で楽しんで独楽ですよ。私の勝手でしょ,イズネッ?」

(「空白の22年間」より転載)
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | オンチの洋カラ