2019年10月19日

私の音痴遍歴

振り返ってみると音痴な人生だったなぁと思う。歌が好きだから子供の時から歌っていた。大人は「サブちゃんは調子っぱずれ」と言って笑っていた。皆楽しそうだったから私も楽しかった。

中学では「のど自慢」を楽しんだ。一人ずつ教壇に上がって流行歌などを歌った。同じ歌でも人によって歌い方が違うから面白かった。皆が音痴とかには無関心だった。

中卒後職を転々とした9年間は、安定した職を得ることで頭がいっぱい。娯楽は映画と音楽鑑賞、それに読書。定職についてもその傾向は続き、歌おうとか考えたこともなかった。

40代の時、初めてカラオケで歌ったら、お前は歌うなと叱られた。かなりしつこくね。それ以来カラオケで歌わなくなった。65歳になって、偶然に導かれてカラオケを始めた。

何となく音痴と思っているだけだった。「好きになったカラオケ」とか道新コラムに書いたくらいだから、ぜんぜん気にはしていなかった。こんな時代が10年も続いた。

後期高齢者になって洋楽カラオケを始めた。初めての洋カラである。歌えなかったが、最初はこんなもんだろうと気にしていなかった。そして1年以上たってから初めて音痴と自覚した。薄々感づいていたのでショックはない。

音痴を自覚するとカラオケを止めるか続けるか決めなければならない。10年以上楽しんで来たことを止めるのは容易ではない。続けるなら音痴を直さなければならない。

調べてみたら、音痴には直る音痴と直らないのと2種類あることが分かった。簡単に言えば直る人は音楽脳はあるけど訓練しなかった人、私の様に生まれつきの人は直らないことが分かった。

背が低い人が高くなりたいと思ってもなれない。だからと言って解決法がないわけではない。例えばオランダ人は背が高いそうだ。オランダで背が低い人でも日本にくれば普通に見える。それと同じように下手同士でカラオケに行くと目立たない。これは80代の高齢者3人と10年以上もやっている。気楽で楽しい。

もう一つは正確に歌おうと心がけること。背の低い人でも姿勢を正しくすれば3センチくらいは高く見せられる。少しでも進歩すれば楽しい。3センチは、音痴という微妙な世界では大きい。
大きいよねっ! ウン、大きい。だから頑張り甲斐がある。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 音痴とは
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