2019年09月07日

「好きだった」かな?

人は好きだが付き合いは苦手だ。思い返せば歌は人、必ず人との思い出と繋がっている。歌は世につれ世は人につれ。

大勢の少年が大きな部屋に住み込んで働いていた。白鳥春樹君は私と同じ18歳、就職して3年、ようやく遊ぶ余裕が出来た頃だ。プライバシーなど無い。やってることは皆分かる。春樹はダンスばかりしていた。歌って踊るのが大好きだ。彼が大勢の前で一人で歌うときは鶴田浩二の「好きだった」を歌う。

そして、私の顔を正面から見ながら「俺、いい男だろう。鶴田浩二にそっくりだろう」と言う。しかし全然似ていない。どちらかと言うとキリギリスかバッタに似ている。それがダンスホールに行くと、ビシッとお洒落して格好よく踊るから不思議だ。

春樹は朝は歯磨き貸してくれと言い、夕方は靴墨貸してくれと言うが返してくれたことはない。給料は皆同じようなものだが、遊ぶのに遣い過ぎて万年金欠病だ。ある日、「お前をイカス男にしたい。一緒に服を買いに行かないか」と誘われた。

18歳の私は春樹のように格好よくなりたいと思っていたので、渡りに船だ。洋服店でブレザーとズボンを選んでもらい、部屋に帰って着ると春樹は「オ〜!イカスイカス」と言った。

実は二人で部屋を借りていた。売春防止法の影響で廃業した元遊郭なので洒落ていて家賃が安かった。普通の人は敬遠しても私たちは気にしない。職場は間借りを禁止していた。どこを借りようと見つかってはいけない。むしろ隠れ家として最適だ。

新しい服を着て気分良くしていたら、春樹は「何か足りないな〜」と言った、今は秋、私もそんな気がした。春樹が格好良く着こなしている薄いブルーのトレンチコートが目に入った。「気に入ったんなら着ていいよ」と言ってくれた。

それを着て二人で街に行った。踊って飲んで部屋に帰ると。「コート気に入った?」と聞かれた。気に入ってはいたが後になって考えると、私には派手なような気がした。しかし、そのときは春樹のよううに格好よく見えるかなと錯覚していた。

「新しいコート買うから、それで好ければ安く譲ってやるよ」と言われ、喜んで買った。新品の半値くらいと思う。少し得した気分だ。ところが、ある日「デートするので、あのコート貸してくれ」と言われた。あれっ!新しいコート買ってないんだ?

そう言えば、歯磨粉も靴墨も、その他諸々、貸してくれと言われたが、持っていなかったのだろう。服を選んでくれてから、トレンチコートを売るまで、全ては彼が描いたシナリオかな? 疑惑だらけの春樹だが、何故か金魚の糞のように付いて歩いて遊んでいた。遊びたいのに遊べない。昔も今も変わらない。

鶴田浩二の「好きだった」を書くつもりだったが、何故か春樹の話になってしまった。好きだったのか、そうでもなかったのか、よく分からない不思議な人。性格の違いが魅力だったかもしれない。器用に遊べない自分はつまらない人と思っていたからね。

好きだった 作詞:宮川哲夫 作曲:吉田正
唄:鶴田浩二  1956年の発売
好きだった 好きだった
嘘じゃなかった 好きだった
で始まり、
せめて恨まず いておくれ
逢えるあしたは ないけれど
で終わる切ない歌。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌
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