2019年08月24日

「悲しき雨音」に再会

私は音痴だから歌とか音楽そのものついては語れない。ただ、歌にまつわるいろいろな思い出がある。例えば、「あじさいの雨」を歌えば、大昔、こいさんと呼ばれた年上のAさんを思い出す。同じように「くちなしの花」なら"遺稿くちなしの花"の宅島徳光海軍中尉を思い出す。私にとって歌は思い出、懐メロが全てだ。

ザ・カスケーズの「悲しき雨音」を聴けば思い出すのはプランタンデパートである。プランタンは1980年代に副都心を目指す新さっぽろに華やかにオープンした。その近くを歩いていると、アップテンポな素晴らしい音楽が聞こえて来た。その頃私は40歳を過ぎた中年だったが、若者向きの曲が好きだった。

「悲しき雨音」が発売された頃、私は22歳だがタイトルもザ・カスケーズも知らなかった。流行った曲なのでメロディーは、どかかで耳に入っていたのだと思う。青空の下でのコンボバンドの演奏が凄く素晴らしく感じた。その曲のタイトルを知りたくなったが、そのことは直ぐに忘れてしまった。

それから35年後に後期高齢者になった。所属のシニア団体に洋楽のカラオケ会ができた。何も歌えないのに参加したくなった。ともかく歌える歌が無いのでCDやネットで探していたら、プランタンの前で聞いた、あのメロディーに出会った。そして、青空の下で聞いた素晴らしい曲が「悲しき雨音」とのタイトルであることを初めて知ったのだ。青空の様な明るい歌と思っていたが雨だった。

洋楽を歌うのは初めて、しかも音痴で英語も苦手、音感が鈍いから発音も悪い。なんとか私でも歌えそうな易しい曲はないかと、一生懸命探したが見つからなかった。それなら好きな曲でも歌うかと思い、「悲しき雨音」がその一つとなった。その他「ローハイド」「16トン」「ロック・アラウンド・ザ・クロック」。並べてみると自分でも変だと思う、似合わない曲ばかりだ。

私は「心身異質障害者」、性同一性障害と同様に世間では理解されにくい。ハゲの短足老人という外見なのに、心の中はロマンチックな想いで溢れている。歌えば本人は幸せでも周囲を不快にする困り者。しかし、不治の病なので治せない。結局、周りに慣れてもらうのが唯一の解決策である。こんな調子では知らぬ場所では歌えないので、慣れた場所で歌わせてもらっている。

私にとって「悲しき雨音」は珍しい歌。チョコっと聞いてタイトルも分からないのに好きになった。街中で出会って一目惚れ、それから35年もたって曲名を知った。長い間の潜在的願いが突然叶ったのである。ところで"心身異質障害"とは、自分を正当化するための造語だからGoogleで検索すると次のように表示される。
"心身異質障害"との一致はありません。
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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌
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