2019年08月03日

同じくらい楽しい

人間の身体能力は人体の設計図と言われているDNAで決まっているそうだ。なるほど、私が音痴なのも遠い昔、未知の誰かさんが書いた設計図のせいなのだ。

人間の持つ潜在能力はとてつもなく大きいそうだ。ならば何をやっても人並みに出来ない私は、潜在能力が隠れたまま出てこないのだ。なるほど、奥ゆかしい性格が邪魔しているのだな。結構じゃあないか。図々しいのはのは大嫌いだ。

遺伝子の機能は、電灯のスイッチのように、点けたり消したり出来るそうだ。なるほど、生きる為の最低限の機能が全部オンになっているので78歳まで生きてこれたのだ。音楽機能がオフになっていたからと言ってモンクを言えた義理ではない。私の知らない遠い昔の設計者に感謝すべきである。

私は何もかも最低限のことしか出来ないヒトとして設計され、造られている。スポーツ、ゲーム、音楽を含むアートのスイッチが、全てオフになっているのだ。生かしてはくれるが、楽しめないように設計されているのである。ならば意地でも楽しんでやろう。

なんて思う訳がない。そういう類のスイッチは全てオフなのだ。ひたすら生きるように設計されている。この年になってみると、とても有り難い。これからも書いて歌って、無理して楽しむつもりだ。

書くは文学、歌うは音楽、アートのスイッチは全てオフ、私は無理して楽しまなければ楽しめない人間なのだ。こんなことは意識しないで無邪気に楽しめればいいのだが、そうは行かない。私は自分を外から見れるように設計されているからである。

自分を客観的に観察するスイッチは全てオンになっている。書いている自分が、書かれている自分を笑っている。こんな人生も味があり面白い。究極の自己満足だが、それだけではない。いつか花開くことを夢見ている。宝くじで三億円当たるくらいの確率で実現できる夢、宝くじと同じくらい楽しいよ。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他
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