2019年06月01日

俺は淋しいんだ(渋谷の思い出)

信じてもらえないと思うが、私はモテたことがある。60年くらい前まで遡るが渋谷の片隅でモテちゃった。多分、多分、多分。

1959年にはフランク永井のヒット・メロディを背景にした映画「俺は淋しいんだ」が公開された。その頃私は19歳、淋しい日々を送っていた。何処も務まらず職を転々としていたが、またもや失業して家族が住む渋谷に帰って来た。

アルバイトの身で将来が心配になったが、夕方になると僅かな小遣いを持って飲みに行った。渋谷駅から青山方面に向けて凄く幅の広い道路が造られていた。不思議なことに工事中の道路の真ん中に飲み屋街が出来ている。

道路が完成する前に立ち退かなければならないから安っぽい仮小屋だ。私が通っていたのはスタンドバーJUN、マスターと女給さん、二人で営業している。

女給さんは「岡田英子です」と言った。フルネームで自己紹介をする人は初めてなので好ましく感じ、また行きたいと思った。様子見だからハイボール1杯飲んで300円払って帰った。この次は、もうちょっとお金を持って来ようと考えながら。

次に行ったとき、追加注文をすると、岡田さんは「300円以上飲むと税金が1割取られるから損よ。アイスクリーム食べに行きません」と言った。二人で近くのうどん屋でアイスクリームを買って、外で食べた。二つで60円、懐の寂しい私にとっては有難かった。

岡田さんは私の淋しさと懐具合を知ってるようだった。いつ行っても300円しか遣わせない。訳は分からないが嬉しかった。夕方に行くとマスターは来ていないし、客も居ない。

いつも二人で話をしたり、店を空けて、近くを散歩したりした。私にとっては至福のひと時だ。こんなことが6ヵ月くらい続いたが、ますます生活は苦しくなって来た。岡田さんに「仕事無いから自衛隊に行くんだ」と言ったら「そう」と言っただけだった。

入隊早々家に用事があって電話を掛けたら、母が「岡田さんと言う人から電話来てたよ」と言った。遠く離れていて会いには行けないが嬉しかった。体調を崩し、1年半で自衛隊を依願退職して家に帰った。何をやっても続かないのだ。

岡田さんに会いに行ったが、飲み屋街は撤去され、辺り一帯は幹線道路に変わっていた。私も21歳、何とかして定職に就かなければと頑張っていたら、岡田さんのことは忘れてしまった。

自分史のつもりでブログを書いているが、過去の記憶が芋づる式に蘇ってくる。「俺は淋しいんだ」を聴くと思い出すのは、スタンドバーJUNと岡田さんのこと。彼女は80歳を過ぎた筈だが記憶の中では若いままだ。気の強い人だったが私には優しかった。

俺は淋しいんだ フランク永井、
作詞:佐伯孝夫,作曲:渡久地政信
渡久地政信が西部劇「真昼の決闘」の主題曲、ハイヌーンからインスピレーションを得て作曲したと言われている。そう言えばダダダン、ダダダンという感じのリズムがそっくりだ。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌
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