2019年10月12日

お前は歌うな(後編)

前編よりの続き
40代のころ初めてカラオケで歌ったが泥酔した同僚から絡まれた。「お前は下手だから歌えと言われても歌うな」としつこく言い続けるのだ。首を振るな、腰くねらすな、気分出すな、その他もろもろ、よくもこんなに覚えていたものだと呆れた。

酔っ払っているから、同じことをなんども繰り返えす。延々と何時間も続き、家に帰ったら午前2時を回っていた。絡んだ同僚は地元の合唱団で歌っていた。職場は全国各地から転勤して来た人ばかりなのに、彼一人が地元の人だった。近所の手前、私の様な非常識な同僚がいることが恥ずかしかったのかも知れない。

 酔って自分を失って無意識に出てきた言葉が「お前は歌うな」だ。世の中でこれほど真実な叫びはない。40前後の分別盛りだから自分を失った時以外本音は出さない。以後、私は二十数年間にわたり人前で歌ったことがない。彼は礼儀正しい、親切な人だ。転勤のときも最後まで面倒をみてくれた。別な土地で再会したときも、自宅に呼んで歓待してくれた。

彼は自分の言ったことを覚えているだろうか。これは永遠の謎と思っていた。お互いに触れたことがなかったのだ。私の歌が彼の心を深く傷つけたことを知ってから歌うのを止めた。

実は彼とは親しくなかった。他所から来た近所の人として、同僚二人を自宅に招いたのだ。この泥酔事件後から親しくなったような気がする。と言うよりも、私は敬遠してたのに彼の方が、なんやかやと親切になったのである。なぜだろう?

この謎は65歳になってカラオケを始めた時に解けた。再び歌うことになり、忌まわしいカラオケ禁止事件を思い出した。これが切っ掛けとなった。私の推測だが、泥酔した彼自身は何も覚えていないと思う。翌日奥さんに叱られたのだ。

彼は一言一句、正確に奥さんから聞かされた。夜中に2時間も同じことを繰り返せば、隣室でもはっきり聞こえて記憶にも残る。彼は自分が喋った一部始終を、素面になってから聞かされたのだ。多分、こんなところと思う。いずれにしろ今になれば懐かしい。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 音痴の気持ち