2019年08月31日

勘違いのユード・ビー

音痴だから音楽については語れない。初めて読む方もおられるかも知れないので、繰り返し書いている。とにかく腹の中は音楽のことでいっぱいだ。漏れそうなので書いている。話すのは電車の中で漏らすようなものだが、書くのは太平洋の真ん中で漏らすのと同じ。だから話してはいけない、書くのはかろうじてセーフ。

1943年にコール・ポーターが作詞作曲した名曲、「You’d Be So Nice To Come Home To」はカタカナで書くと長すぎるので、ここではユード・ビーと省略して書くことにした。歌はハスキー・ヴォイスのヘレン・メリルだが、クリフォード・ブラウンのトランペット・ソロも素晴らしい。

ところで、小・中学生の頃は洋画が大好きで、渋谷のテアトルSSに通っていた。古い洋画を40円で観れるのだ。少なくとも百本以上は観た筈だが殆ど覚えていない。しかしユード・ビーのお陰でコール・ポーターの自伝映画「夜も昼も」を思い出した。なぜか戦地でピアノを演奏するシーンが浮かんできた。

真偽のほどは不明だが、映画でのコール・ポーターはフランス外人部隊として参戦したことになっている。これで何とか私の記憶と繋がった。私にとってはユード・ビーも懐メロだが、古い歌は忘れたことを思い出させてくれるので有難い。

ユード・ビーは第二次世界大戦という時代背景を抜きにしては語れない。私が特に好きなのは次のフレーズだ。
Under stars chilled by the winter
Under an August moon burnin'above

このフレーズを聴くたびに、戦場で戦う兵士の姿が目に浮かぶ。寒いだろう、暑いだろう、怖いだろう、故郷に帰りたいだろうとか考えてしまう。ところがこれが大間違い。音痴は歌だけでなく英語へと範囲は限りなく広がっている。

私の考えを確認するために、ネットで検索していたら、ユード・ビーの正確な和訳にたどりついた。以下は、"You'd be so nice to come home to 歌詞 正確な和訳 高知学芸塾"、ジャズの世界へご招待より引用。

『映画の中で男性がこの歌を歌いながら女性を口説いているシーンで使われたのをヘレンメリルが歌ってヒットしたのです。この詩はもとは男が、「君キャワイイねえ!君最高!君は理想の人だ!君は天国だ!」とべた褒めしている歌なんです』。女性を口説いている歌とは知らなかった。愚かにも勘違いして感動!

興味がございましたら、"You'd be so nice to come home to 歌詞 正確な和訳 高知学芸塾"で検索して、参照元にアクセスしてみてください。私には難しかった。

   <<お知らせ>>
道新「さっぽろ10区」に「中島公園便り」執筆
管理人は北海道新聞「さっぽろ10区(トーク)」に連載される、
「中島公園便り」を担当することになりました。
「さっぽろ10区」は毎週火・金に配達されます。
1ヶ月半に一度、1年で8回書く予定です。
初回掲載は9月3日(火)です。是非お読み下さい。sinnbunnmei2.jpg

posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌

2019年08月24日

「悲しき雨音」に再会

私は音痴だから歌とか音楽そのものついては語れない。ただ、歌にまつわるいろいろな思い出がある。例えば、「あじさいの雨」を歌えば、大昔、こいさんと呼ばれた年上のAさんを思い出す。同じように「くちなしの花」なら"遺稿くちなしの花"の宅島徳光海軍中尉を思い出す。私にとって歌は思い出、懐メロが全てだ。

ザ・カスケーズの「悲しき雨音」を聴けば思い出すのはプランタンデパートである。プランタンは1980年代に副都心を目指す新さっぽろに華やかにオープンした。その近くを歩いていると、アップテンポな素晴らしい音楽が聞こえて来た。その頃私は40歳を過ぎた中年だったが、若者向きの曲が好きだった。

「悲しき雨音」が発売された頃、私は22歳だがタイトルもザ・カスケーズも知らなかった。流行った曲なのでメロディーは、どかかで耳に入っていたのだと思う。青空の下でのコンボバンドの演奏が凄く素晴らしく感じた。その曲のタイトルを知りたくなったが、そのことは直ぐに忘れてしまった。

それから35年後に後期高齢者になった。所属のシニア団体に洋楽のカラオケ会ができた。何も歌えないのに参加したくなった。ともかく歌える歌が無いのでCDやネットで探していたら、プランタンの前で聞いた、あのメロディーに出会った。そして、青空の下で聞いた素晴らしい曲が「悲しき雨音」とのタイトルであることを初めて知ったのだ。青空の様な明るい歌と思っていたが雨だった。

洋楽を歌うのは初めて、しかも音痴で英語も苦手、音感が鈍いから発音も悪い。なんとか私でも歌えそうな易しい曲はないかと、一生懸命探したが見つからなかった。それなら好きな曲でも歌うかと思い、「悲しき雨音」がその一つとなった。その他「ローハイド」「16トン」「ロック・アラウンド・ザ・クロック」。並べてみると自分でも変だと思う、似合わない曲ばかりだ。

私は「心身異質障害者」、性同一性障害と同様に世間では理解されにくい。ハゲの短足老人という外見なのに、心の中はロマンチックな想いで溢れている。歌えば本人は幸せでも周囲を不快にする困り者。しかし、不治の病なので治せない。結局、周りに慣れてもらうのが唯一の解決策である。こんな調子では知らぬ場所では歌えないので、慣れた場所で歌わせてもらっている。

私にとって「悲しき雨音」は珍しい歌。チョコっと聞いてタイトルも分からないのに好きになった。街中で出会って一目惚れ、それから35年もたって曲名を知った。長い間の潜在的願いが突然叶ったのである。ところで"心身異質障害"とは、自分を正当化するための造語だからGoogleで検索すると次のように表示される。
"心身異質障害"との一致はありません。
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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌

2019年08月17日

恥は無限の資源

私は人間だから人間とは何だろうと考える。日本人だから日本人とは何だろうとも考える。ここまでは当然だが、音痴とは何かについても考えている。ここが少しおかしいかも知れない。

人間も日本人も簡単には辞められないが、音痴はカラオケ止めれば済むことだ。悩むことも考える必要もない。だけど悩み考えながら楽しんでいる。ところで新婚のインタビューで奥さんのどこが好きですかとか聞かれて、全てですとか答える夫がいる。

カラオケのどこが好きだか誰も聞いてくれないが、もし聞かれれば「全てです」としか言いようがない。音痴だから何処が好きだか分からないのだ。それなのに面白がってやっている。私の人生、全てそうだった。出来ないくせに、いろいろ手を付けた。

何十年前か忘れたが、パチンコばかりしている時期もあった。玉を一つずつ入れる時代だった。不器用だから素早く入れることはできないが一生懸命やっていた。必勝法を自分なりに研究して実行した。確か1台に付き定量が4千円の時代だったと思う。

1台で儲けられる限度が定量だが、それで満足し二台目に挑戦したことがない。定量まで玉が出なければ閉店までねばった。「蛍の光」の曲が店内に流れると、店中回って玉を多く出している台を探してメモした。翌朝は開店と同時に入って、作成した「出玉メモ」を参考にして実績のある台を選んだ。こんな方法では損はしないが、時間ばかり食われる。バカバカしくなって止めた。

パチンコより株の方が面白いと思った。しかし私のやり方では損はしないけれど、儲かりもしない。安く買って高くなったら売る、それの繰り返しだから単純でいい。しかし高くならない株は持っているより仕方がない。当然塩漬け状態の手持ち株が増える。全ての塩漬け株を損切という形で処分したら、小遣い銭程度のプラスにしかならなかった。労多くして益少ない。結論として私には向かないと思った。

パチンコ3年、株8年、一生懸命のときは何故か楽しい。損することを恐れてビクビクやるようになると、次第に厭きてきた。何をやっても一か八かの勝負を避けて、単なる時間つぶしにしてしまう。我ながらつまらない性格である。

カラオケは損する恐れがないから、恥ずかしながら楽しんでいる。恥はかき捨てで無限の資源かも知れない。プラスチックみたいに環境を破壊したりしない。知らずに迷惑をかけてるかなと、振り返っても、そこにはただ風が吹いているだけである。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他

2019年08月10日

誰か「波止場のママ」を知らないか

1958年、私が18歳のとき、音痴は大したことではなかった。カラオケがないから、庶民は自分流で勝手に歌うことが許されていた。よく友人同士で気晴らしに歌った。上手な人は感心されるが、下手でも気にすることもなく一緒に楽しんだ。それぞれが勝手に歌って何の問題もなかった。楽しかったなぁ。

私たち10代の有職少年は、自由時間に友達同士で同じ歌を歌って楽しんだ。その時の一番人気は「波止場のママ」、”こんな酒場の片隅で♪”で始まる曲だった。少年たちの憧れは外国に繋がる海、そして波止場のママ、そんな時代があったのだ。

職場は男ばかりで女性との接点は食堂とか売店でしかない。とても愛想の好い売店の少女をデートに誘ったら断られた。こんな状況では女性と話したければ酒場に行くしかない。そこには「男でしょ貴方は海の男でしょ」と励ましてくれるママが居る。酒場では海の男の気分になって、景気よく飲んで売店の少女を忘れた。懐は寒くなったけれど、酔って心は温かくなる。

次に洗濯屋の少女に思いを寄せたが振り向いてもくれなかった。こんな時は酒場のママに会いたくなる。「うぶなのね貴方はわりとうぶなのね」と、優しい言葉をかけてくれる。そして雪国と言う素敵なカクテルを作るから飲んで忘れなさいと言ってくれた。カクテルは高かった、何時も飲んでいるトリスの十倍もした。

退屈したのでママの顔を見に行った。今度は振られた話はしない。ジッとママの顔を見つめていたら、ママはつぶやいた「つもる苦労を白粉に 隠す私じゃもう駄目ね」。海の男の気分でママを励ました。「生きなくちゃ貴方は強く生きなくちゃ」。

その夜、ママは珍しく酔っていいた。「アタシのどこが嫌なんだ。生きようと死のうとアタシの勝手だ」とか何回も同じことを言っては絡んできた。酔っていても勘定は正確、トリスのストレート、シングル1杯とハイボール2杯で340円。今までで一番安かった。

波止場のママ 唄:鶴美幸 作詞:森くにのり 作曲:下川博省 
1957年4月発売
1. こんな酒場の片隅で 寝てるふりして泣くなんて 男でしょ貴方は海の男でしょ 浮気な女の名なりとも波止場のママに聞かせてね
2. 捨てて気取ったその手紙 しわを伸ばしてどうするの うぶなのね貴方はわりとうぶなのね 昔の誰かを見るようで 波止場のママも泣けてきた
3. つもる苦労を白粉に 隠す私じゃもう駄目ね 生きなくちゃ貴方は強く生きなくちゃ 呑むのはいいけどぐれるのが 波止場のママはこわいのよ

どこのカラオケ店にもない。探し探し続けても未だに見つからない「波止場のママ」。誰か波止場のママを知らないか。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌

2019年08月03日

同じくらい楽しい

人間の身体能力は人体の設計図と言われているDNAで決まっているそうだ。なるほど、私が音痴なのも遠い昔、未知の誰かさんが書いた設計図のせいなのだ。

人間の持つ潜在能力はとてつもなく大きいそうだ。ならば何をやっても人並みに出来ない私は、潜在能力が隠れたまま出てこないのだ。なるほど、奥ゆかしい性格が邪魔しているのだな。結構じゃあないか。図々しいのはのは大嫌いだ。

遺伝子の機能は、電灯のスイッチのように、点けたり消したり出来るそうだ。なるほど、生きる為の最低限の機能が全部オンになっているので78歳まで生きてこれたのだ。音楽機能がオフになっていたからと言ってモンクを言えた義理ではない。私の知らない遠い昔の設計者に感謝すべきである。

私は何もかも最低限のことしか出来ないヒトとして設計され、造られている。スポーツ、ゲーム、音楽を含むアートのスイッチが、全てオフになっているのだ。生かしてはくれるが、楽しめないように設計されているのである。ならば意地でも楽しんでやろう。

なんて思う訳がない。そういう類のスイッチは全てオフなのだ。ひたすら生きるように設計されている。この年になってみると、とても有り難い。これからも書いて歌って、無理して楽しむつもりだ。

書くは文学、歌うは音楽、アートのスイッチは全てオフ、私は無理して楽しまなければ楽しめない人間なのだ。こんなことは意識しないで無邪気に楽しめればいいのだが、そうは行かない。私は自分を外から見れるように設計されているからである。

自分を客観的に観察するスイッチは全てオンになっている。書いている自分が、書かれている自分を笑っている。こんな人生も味があり面白い。究極の自己満足だが、それだけではない。いつか花開くことを夢見ている。宝くじで三億円当たるくらいの確率で実現できる夢、宝くじと同じくらい楽しいよ。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | その他