2019年05月25日

夢は夢のままがいい

3年半前から音痴改善を目指してきた。先ず「音痴とは何か」を調べたら、先天的機能障害だから直らないことが分かった。仕方がないので音痴を隠す方法のアレコレを考えた。普通は諦めるが、私は直らないならどうするかを考える。

ところで、片隅が大好きで競争が大嫌いだ。やれば必ず負けるからね。片隅には競争相手が居ないからいい。競争ならビリだが、片隅には0.1%にしろ可能性が残されている。一生懸命やった後は運を天に任せればよい。世の中や周囲の状況が変われば、小さな成功を得られるかも知れない。

背の低い老人は高くすることは出来ないが、曲がった腰を真っすぐにして、高く見せることは出来る。背の高低と同じように音痴は先天的だが、そうでないように見せかけることは可能だ。と言っても知っている人には通用しない。

だが来年は80歳になるから近いうちに周囲の状況も変わるだろう。サ高住、デイサービス、老人ホームとかも身近なものになって来た。時々テレビなどで見るがマージャンとかカラオケが盛んなようだ。

マージャンは忙しそうで楽しめそうもないが、カラオケとか音楽を聴くのは大丈夫かも知れない。それに加齢とともに身体機能が少しずつ壊れて行く。その中で壊れにくいのが口と耳だと思う。

3年前はのど自慢に出ようとか、文化祭のステージに立とうとかデカイことを考えていた。しかし、一生懸命やったら、自分の立ち位置が見えて来た。逆立ちしても不可能だ。そんな考えはアッサリと捨てた。古い夢を捨てれば新しい夢が見えて来る。

私の新しい夢は、「音痴のカラオケ」でブログ・デビュー。難しいけれど音痴を直すことと比べれば簡単だ。そんな夢を抱き始めている。何も考えないことが肝心だ。分かってしまえば、それでお仕舞いとなる。夢は夢のままがいい。知らぬが仏。
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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | カラオケを楽しむ

2019年05月18日

有楽町で逢いましょう(インド通信)

私にとって歌は思い出、それぞれの土地に結びついている。17歳から22歳の間は東京から九州まで職を転々。金もないし、ラジオで音楽を聞くのが唯一の楽しみだった。「有楽町で逢いましょう」の思い出は、インド通信とホットケーキである。

その歌が出たのは1957年、私は広島県に居た。それから転々として21歳のころから新橋の森ビルにあるPTI通信(Press Trust of India)東京支局で働くことになった。仕事はテレタイプ情報の配達と留守番で凄く楽だった。支局長は日本に来たばかりで日本語が分からない。少しは英語も必要だった。

失業中、自衛隊に入り三ヶ月間の英語訓練を受けた。そして、米軍基地から来るフライトプランを電話で受けながらタイプする仕事に就いた。タイプも英会話も苦手なので落ちこぼれ、依願退職して東京に出た。インド通信はアルバイトだが楽な仕事だ。虚弱体質の私にとっては天の恵みだった。

フランク永井は米軍キャンプでジャズを歌って大好評、私は英語の分からない日本人として米兵に嫌われた。彼等は少しモタつくと他の人と代われと言う、英語でね。私にはギミィアナザと聞こえる。先輩も最初は代わってくれるけど、1ヶ月たったら誰も代わってくれない。その結果、またもや失業者となったのだ。

配達先の一つが当時有楽町にあった朝日新聞外報部、さっそく有楽町で昼食と洒落込んだ。一番安い組み合わせとしてホットケーキとミルクを頼んだ。「あなたと私の合言葉 有楽町で逢いましょう」とか思い出したがが、東京では完全に孤独だった。

インド通信では無保険だが病気に罹るような気もしなかった。そう思えるほど仕事が楽だった。オリンピックを1年後に控えた東京は空前の好景気。ここに居れば何か職が得られるだろうと楽観的になり、何の心配もしなかった。こんな私にも英国の大手通信社に入らないかとの誘いがあったのである。

「君は大学出てないだろう」
とインド通信情報配達先の通信社所長が言った。
「はい、出てませんが」
「英語とタイプが少しできればいいんだが、応募者が大卒ばかりなんだ。大卒の職じゃあないのにね。困ったもんだよ日本は」

私にも一流企業に就職の機会と、大喜びしたがぬか喜びだった。大卒はダメだが、中卒はもっとダメらしい。所長も私が高校も出てないと知ってガッカリ。オリンピックで景気が好かった頃なので、英語が出来て無職の高卒など滅多に居ないのだ。

その時は日本の国家公務員採用試験制度は世界一素晴らしいと思った。学歴の制限がないのだ。例えば、当時の上級試験は大卒程度で実施されるが、中卒でも受けられる。この制度は余り知られていない。私も初めて知ったのは21歳になってからである。何か受かりそうなのを見つけて受験することにした。

有楽町で逢いましょう 1957年7月に発表(私は17歳) 
吉田正 作曲 佐伯孝夫 作詞 フランク永井 歌
そごうデパートの東京店出店のイメージソングとして作られた。
フランク永井の歌声は「低音の魅力」と評され、大ヒット!
個人的思い出としてはホッとケーキとインド通信。

毎週土曜更新、またの訪問をお待ちしています!
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌

2019年05月11日

音痴のまま楽しもう!

長い間、普通に歌の下手な人と思っていた。だが3年半前に音痴であることに気付いた。平凡社「音楽大辞典」によると「大脳の先天的音楽機能不全」だそぅだ。少しガッカリしたが、ホッとした気分の方が強かった。音楽機能不全なら仕方がない。音痴の生き甲斐に「パラオンチック」でもあればいいのにと勝手に考えた。

ところでブログのタイトルは「音痴のカラオケ そのまま楽しもう!」。音痴は背が低いのと同じように成長期を過ぎたら手の打ちようがない。歌を楽しみたければ、そのまま楽しむより他はない。そう出来ない人は他の趣味を楽しんだ方がいいと思う。

ところが私は、若い時からいろいろな趣味を次々に手を付けて、どれも出来ないまま老人になってしまった。そのような人ならカラオケが一番だ。なにしろ伴奏は物言わぬマシンなのだ。これはとても有り難いことである。将棋でも碁でも、テニスでも、自分よりも先に相手の方が嫌になるようだ。野球などの団体競技には入れてもらえないから試すチャンスさえない。

カラオケも一人でやるなら好き勝手に楽しめば良い。私も最終的にはそうするつもりだ。しかし、皆と一緒の方が楽しい。ならば仲間のことも考えなければいけない。人に好かれれば一番いいのだが、これもなかなか難しい。だから嫌われないように気をつけなければいけない。その気があれば誰でもできる。

音痴も直る余地はある。例えば背の低い老人は猫背を直せば少し高くなる。腰が曲がっているのを直せば相当高くなる。猫背や曲がった腰は、反対に反らすこと、あるいは正しい姿勢をとる訓練を繰り返せば少しは改善するかも知れない。音楽機能不全そのものは先天的だから直らないが、見かけは直せる。

CD等の正しい歌を聴いて真似をする。それを繰り返すだけでいい。頭を使う必要もないから楽だ。悩みの種は同じ歌手でも時代によって歌い方が違うこと。私にはカラオケの伴奏がどのバージョンか分からない。音痴はホントにつらいよ。

歌手の真似など出来るわけがないが、楽譜も読めないし他に方法がない。加齢により耳も目も悪くなってる。こう書くと人生真っ暗闇みたいだが、生活にゆとりが出来たから趣味のことも考えられるようになったのだ。長い人生で、こんなにゆったりした気分になれたのは初めてだ。

10歳からアルバイトをし、15歳からはフルタイムで働いた。そして、定年退職し仕事から解放されれた。楽をしたいと言う子供時代からの夢は叶い、現実となったのである。何だか昭和貴族になった気分だ。平成は無事にやり過ごしたが、令和は大丈夫だろうか。こればかりは運を天に任せるしかない。
あったかい気づいてみれば尻のした気持ち好すぎて出るに出られず -- 籠の鳥
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2019年05月04日

OK牧場の決闘(Gunfight at the O.K. Corral)

「霧笛が俺を呼んでいる」にしても「夜霧よ今夜も有難う」にしても、映画の筋書きと歌とは別物の感じだ。その点、「OK牧場の決闘」や「真昼の決闘」は違う。歌そのものがストーリーになっているから、歌っていると映画に登場するヒーローの気分になってしまう。ハゲで短足、自分勝手の弱虫なのに困ったものだ。

「OK牧場の決闘( Gunfight at the O.K. Corral)」は、1881年10月26日、かつては銀山の町として栄えたトゥームストーンのO.K. コラール付近の路上で起こった銃撃戦についての物語である。

コラールとは馬や牛などを入れる囲い場、牛や馬を一時的に預けたり繋いでおくために用いられる。私のイメージは駐車場である。映画のタイトルは直訳のまま「OKコラールの銃撃戦」がいいと思う。牧場ではないし決闘とも違うのだ。

保安官ワイアット・アープをヒーローとする映画として「荒野の決闘」「OK牧場の決闘」「ワイアット・アープ」の三本を観たが、銃撃戦シーンで一番リアルなのが「ワイアット・アープ」と思う。

と言うのは、実際の銃撃戦はコラール近くの路上で起こり、30秒で終わる。他の2作は銃撃戦場面が長い。娯楽映画として見せ場を作るために創作したのだと思う。実際の事件は保安官が武装解除を求めた際に偶発的に起きたのだと思う。もちろん、アープ家とクラントン家との確執があってのことだが。

この歌はワイアットの気持ちを歌っている。
……my back’s against the wall Have you no kind word to say before I ride away……
……If the Lord is my friend We’ll meet at the end of the gunfight at O.K.Corral……
この辺りがグッと来る、意味は分からないけれど何となく。

それなのに思わず力が入ってしまう。音痴だから変な力がね。普通の人の10倍は変に聞こえると思う。百倍かも知れない。誰も居ない所で一人で大声で歌ったら気持ちいいのに、人前で歌いたくなるから困ったものだ。か細い声で遠慮しながら歌っている。

銃撃戦の結果
ワイアット・アープ
ワイアット・アープ:保安官 無傷
ドク・ホリデイ:アープの友人 大腿部負傷
バージル・アープ:保安官で、アープの兄 右太腿負傷
モーガン・アープ:アープの弟 負傷

アイク・クラントン組
アイク・クラントン: 銃撃戦には不参加(逃走)
ビリー・クラントン:アイクの弟 死亡
フランク・マクローリー:アイクの友人 死亡
トム・マクローリー:フランクの弟 死亡
その他、銃撃戦中に逃走した者もいる。
(銃撃戦の結果はWikipedia情報の要約)
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌