2019年04月27日

夢のままがいい

カラオケ会で一番弱いのは音痴だから、虐げ・弾圧・迫害されるとか言って脅かす人がいる。それを信じた私は、本当は不真面目なのにマジメを盾にして身を守ることにした。真面目な社員、真面目な奥さん、真面目な子供、弱い立場の人たちは皆やっている。マジメは強者から弱者を守る最強の楯である。

「オンチー、引っ込め〜」と、まだ一度も言われていないから大成功! これに奢ることなく真面目に歌い続けたいと思っている。実際には迫害等の経験は全くない。正確には一度だけあるが37年前のこと。とっくの昔に、時の壁の向こう側になっている。記憶としては残るが心のダメージは完全に消えている。

一緒に歌うのは友好的で優しいシニアの仲間だから、常に人の気持ちを考えてくれる。楽しめば良い、健康に良いとか言って励ましてくれる。こんな快適な状況が10年も続けば、何となく音痴と思う程度で気にもしない。甘やかされると年甲斐もなく、自分のことが分からなくなってくるのだ。

3年半前に洋楽カラオケを始めた時に、初めて普通ではないと気がついた。何となくではなく、極めて重症であることが分かった。普通はここで諦めるのだが、逆にやる気がモリモリ湧いてきた。

一生懸命練習して今よりもマシになりたいと思っている。一方、重症だから止めた方が良いかなと思うこともある。何かを止めれば何かが見つかるからだ。止めれば他も見えて来る。何も出来ないから、何の初心者にもなれるのである。← 威張ってゴメン!

ところで、カラオケマシンへの入力は曲の伴奏と私の声、出力はその二つが合成されたもの。ならばマシンの中で加工も出来る。私の歌を正常な音程に直すことが可能だ。人に心地よい声に直すこともできるだろう。もしそうなったら興味が薄れると思う。

若い時はアメリカに行きたかったが、月給が1万5千円なのに、旅行代金は最低30万円もした。40歳過ぎてアメリカに研修に行け、と言われた時は興味を失っていた。大好きなアメリカは昔の歌や古い映画の中にしかない。夢は夢のままがいい。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 音痴とは

2019年04月20日

「くちなしの花」と二人の人生

俺の言葉に泣いた奴が一人
俺を恨んでいる奴が一人
それでも本当に俺を忘れないでいてくれる奴が一人
俺が死んだらくちなしの花を飾ってくれる奴が一人
みんな併せてたった一人

宅島徳光が大学ノートに書きつづった恋人への切ない想いが「くちなしの花」。彼はこの花が好きだっただけでなく、戦争末期、口には出して言えない(口なし)の心の記憶としたかったらしい。冒頭の詩はその一節。

宅島徳光略歴:慶應大学卒業、第13期海軍飛行科予備学生、1945年4月9日、一式陸上攻撃機の機長として出撃、任務中殉職、享年24、海軍中尉。
以上は『遺稿くちなしの花 愛する祖国の人へ』宅島徳光著 大光社よりの引用。

大ヒットして1974年のNHK紅白でも歌われた「くちなしの花」の原点は、「遺稿くちなしの花 」にある。宅島中尉の詩に美空ひばりが補筆した「白い勲章 」もあるが、私は遺稿に思いを馳せながら渡哲也の「くちなしの花」を聴く方が好きだ。

映画「やくざの墓場 くちなしの花」では主役を演じた渡哲也の歌「くちなしの花」が要所で流された。渡の役は警察組織と反社会勢力の癒着の構造の中で、もだえ苦しみ暴発する刑事だった。この映画の上映前年には「仁義の墓場」が公開された。渡が演ずるヤクザは29歳の若さで壮絶な人生の幕を自ら閉じた。

戦争中、「遺稿くちなしの花 」を書いて大空に散った宅島中尉。一方は、戦後の破れかぶれの人生に自分で終止符を打った新宿のヤクザ。彼は反省することなく笑って死んだ。全く違う二人の人生を一つにしたのが渡哲也の「くちなしの花」と感じている。私は弱虫で利己主義者だが強い愛、強い心に惹かれる

実在のヤクザA夫の生涯を描いた「仁義の墓場」のキャッチコピーは「おれが死ぬ時は カラスだけが泣く! 仁義・組織・盃・掟に牙むいた戦後やくざの語り草」。A夫は29歳で刑務所の屋上から身を投げて死んだ。独房に残された遺書にはこう書いてあった「大笑い三十年のバカ騒ぎ」。

昭和29年1月29日、自ら幕を引いた破滅の人生を彼らしく結んだつもりだろう。くしくも昭和年号と同じ29年だった。この映画は渡哲也の病気療養後の第一作。「病み上がりで本調子ではなかったが、それがかえって幸いしてA夫の不気味な迫力をいやが上にも増大した(Wikipedia)」。

戦時だからこその深い愛、戦後の闇と裏切りの社会が育んだ底知れぬ虚無。戦争さえなければ宅島徳光は愛のままに生き、A夫は底なしの闇にハマり込むこともなく、人として立ち直る機会もあったと思う。歌と映画から口なしの声が聞こえて来る。

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ネットで購入した『遺稿くちなしの花 』。

なき吾子のこよなく愛すくちなしの雨にうたれて咲くぞ寂しき
昭和36年4月 宅島徳次郎(宅島徳光の父)

posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌

2019年04月13日

カラオケと宇宙旅行

音痴なのに、よく13年も歌い続けたと、褒められたことはない。仕方がないから自分で褒めて喜んだ。先ず、何となく音痴から「真面目な音痴」へと進化したのが偉い。うん、とても嬉しい。

高齢になってカラオケを始めたが、何となく音痴と思っていた。しかし、楽しければいいんだよと言われれば素直にそう信じた。約3年前に重い音痴と自覚して落ち込んだ。人は落ちれば這い上がろうと努力する。そこに進化が生まれるのだ。そして「諦めない音痴」になった。しかし人間は諦めが肝心だ。

歌を楽しめるのはカラオケ専用装置のお蔭だ。マシンは感情がないから有り難い。歌が下手でも文句も言わずに淡々と伴奏を続けてくれる。人が弾くピアノ伴奏ならそうは行かない。

ところで、先日のカラオケ会で偶然耳にした会話。
「何処で練習するのですか?」
「何もしません。ここで歌うだけですよ」
と言った。う〜ん、歌の上手い人は練習などしないのだ。

そう思ったら凹んだ。一生懸命練習しても一番下手のままだ。それでも順番が来れば喜んで歌う。私は物事を遠い昔と比べて考えている。1950年代に伴奏付きで歌える人は上手い人に限られていた。私にとっては宇宙旅行と同じように叶わぬ夢だ。カラオケは存在しないのだかから想像さえ出来なかった。

今なら両方とも可能だが、宇宙旅行の値段は1050万円〜22億円だそうだ。それなのにカラオケ会は550円、それでも伴奏がありマイクがありバチバチと拍手まである。宇宙旅行もカラオケもコンピュータ無しでは不可能だから、1950年代では夢物語に過ぎなかった。当時私は中学生で「宇宙旅行協会」に入会、単なる夢で終わったが、カラオケは50年後に現実となった。

仮想現実とはコンピュータの中に作られた仮想的な世界を、現実のように体験させる技術だそうだ。実用化されたものとしてはフライトシミュレータがある。一方、ゲームセンターにもいろいろあるが、もっと大規模で全身で入って行けるものが欲しい。

もし仮想現実で私自身が映画のヒーローになれるマシンが出来たとする。しかも4時間550円で手軽に遊べるとしたら素晴らしい。アクションよりもラブロマンスの方がいい。「カサブランカ」のリックの役をやってみたい。状況は複雑だが現在の技術を発展させれば可能と思う。進歩のスピードが速くなっているので、値段はともかく案外早く実現されるかも知れない。楽しみである。
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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 音痴の気持ち

2019年04月06日

夜霧よ今夜も有難う 

私にとって映画の旅は、「カラブランカ」方面から「夜霧よ今夜も有難う」方面への旅だった。10歳から15歳くらいまでは洋画しか観なかった。内容なんかどうでもよかった映画の中にある夢の世界が見たかったのだ。終戦直後、「灰燼に帰した東京に忽然と姿を現したワシントンハイツ」の影響を受けたのである。「 」内は秋尾沙戸子 新潮社発行の『ワシントンハイツ』より引用。

10歳から新聞配達のアルバイトを始めたが、賃金は1ヵ月1000円と、相場の半分以下だった。その内の700円を食い扶持として母に取られたが、残りで映画を観た。封切が100円以上の時、渋谷のテアトルSSでは古い洋画を40円でみせていた。「毒薬と老嬢」「夜も昼も」「われら自身のもの」等を、子供には難しいとか一切考えずに映画が替わる毎に観ていた。

17歳の頃から邦画にも目を向けるようになった。時代は日活無国籍アクションの興隆期だった。その後全盛期を迎え、爛熟期に登場したのが「夜霧よ今夜も有難う」である。その頃には私は27歳にもなっていた。何と言ったって無国籍だから洋画のイイところ取り、ファッションとかジャズ、それに煙草の吸い方とかね。

「夜霧」は取りすぎで和製カサブランカと呼ぶ人もいる。リック(ハンフリーボガート)はカサブランカにある「リックス・カフェ・アメリケイン」の主人で、相良(石原裕次郎)は横浜のナイトクラブの経営者だが、それはそれぞれの表の仕事。イルザ(イングリッド・バーグマン)はレジスタンスのリーダーの妻、秋子(浅丘ルリ子)はアジア某国の高官の妻、これが主な登場人物である。

試みにリックと相良の人生を一つに纏めてみた。男の裏の仕事は密出国を援助する「逃がし屋」である。4年前のことだが将来を誓い合った女が突然訳も話さずに何処かに消え去った。それが今になって、前触れもなく突然に現れたと思ったら頼み事だ。それはあまりにも身勝手なことだった。夫が革命の大義を全うするには、出国しなければならないから助けてと言うのだ。

行方知らずの4年は長すぎる。オマケに他所の人の妻になっている。男は今も独身で女への愛も冷めてはいないから悶々とする。妻となった女も悶々、それなりの事情はあるからね。結局、男は夫婦一緒に密出国させる。

男のところを相良と変えてもリックと変えても大丈夫。「カサブランカ」と「夜霧よ今夜も有難う」のストーリーは本当によく似ているから。ところで、「遥かなるアラモ」「OK牧場の決闘」「ハイヌーン」は歌詞から映画が連想できるが、「夜霧」の歌詞からは映画の内容が少しも連想できない。歌は別物のような気がする。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌