2019年01月26日

「今は幸せかい」妹の思い出

私のカラオケ好きはノスタルジーから来ているようだ。ひたすら失われた過去に思いを馳せる。だから懐メロが大好きだ。自己満足は他人迷惑だが、思い出を胸に抱きしめて気分よく歌っている。「今は幸せかい」を歌うたびに7歳下の妹を思い出す。 
  
先日、生まれて始めて妹からの電話があった。極めて疎遠で、既に思い出の人になっていた妹から、かかって来たのだ。「地震大丈夫だった?」と聞かれた。札幌の惨状が映像で流れたのを東京の自宅で見たという。最後に会ったのは妹の娘の結婚式だから20年以上前だと思う。声が変わったなと思った。

妹のことは気になっていた。終戦直後の混乱の中で夫に逃げられた母は、3人の子を連れて空襲で妻子を失った養父と再婚した。そして妹が生まれた。三人の兄弟は父の違う妹を可愛がり仲良く暮らしていた。しかし母とは馬が合わなかった。この辺りの事情は家を出るに書いたので、重複を避けるため省略する。

家業の経師屋を手伝っているとき、佐川ミツオ(後に佐川満男)の部屋に仕事で行った。彼がニール・セダカ作曲の「二人の並木道」でデビューした頃である。中学生の妹が珍しく仕事の現場に昼食を持ってやって来た。こんなことは初めてだ。妹はミツオのファンなので部屋を見たかったのだと思う。その部屋の様子はアイドル訪問の記事となり、芸能週刊誌に載った。

ところで、地震の話の後、妹は沈黙した。こちらは大丈夫だと言ったが電話を切ろうとはしない。元気がないし声も沈んでいる。何か変だと思った。何があったのか聞くと、兄に聞いてやっと私の電話番号を知ったとか、答えにならないことを言った。

私は78歳で妹は71歳だ。それなのに妹から電話があったのは初めてだ。私も妹に電話をかけたことがないからお互い様だ。番号も知らないが東京の兄に聞けば直ぐ分かることだ。お互いに電話をかける必要を感じていなかったのだ。

電話で1時間くらい話し、妹が重い病に罹ったことを知った。しかし何故か信じられない。「今は幸せかい」を聴くたびに妹の姿が浮かんでくる。中学生の妹が佐川ミツオ居住マンションの玄関で、目を輝かせて立っている。手には弁当を提げていて、とても可愛らしかった。そこは渋谷に建った日本で初めての分譲マンションだった。当時は「宮益坂アパート」と呼ばれていた。

その後、妹とは身内の結婚式等で何回か会っているが、途中の姿は印象が薄くて覚えていない。なぜか私の頭の中での妹は、中学生のままなのだ。それなのに電話の声は年寄りぽかった。相当悪いのかなと心配になって来た。

歌について個人的な思い出を書いたが、参考の為グーグル検索で佐川満男 今は幸せかい の結果を掲載した。リンクをクリックするといろいろ表示される。カツラを被った佐川満男もある。

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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | あの歌この歌

2019年01月19日

自分の殻を破りたい

私には夢がある。それは青春時代に大ヒットしたロック・アランド・ザ・クロックを歌っても違和感をもたれない人になることである。あまりにもイメージとかけ離れていて申し訳ない。変身して別人になれれば一番いいんだけどね。

かような訳で、苦肉の策として変人である私に慣れてもらうことにした。その為の綿密なアクションプログラムを立てて実行中。何よりも違和感をもたれないことが肝心だ。そうでなければ楽しくない。何事も難しいほど面白い。

洋楽カラオケを始めた頃には後期高齢者になっていた。それから3年たったが、未だにちゃんと歌える曲はない。1年目はその内なんとかなるだろうと思い、2年目はこんな筈ではないとガッカリしていた。3年過ぎるとダメかもしれないと悲観する。しかし諦めない。そもそも人間は「全てを諦める」ようには造られていない。空想でもいいから夢は持ち続けたい。

カラオケはダメでも将棋でも出来ればいいのだが、過去に一生懸命やって出来なかった記憶がある、ビリヤードにしてもボーリングにしても同じことだ。そういえばスケートもかなり熱心にやった。何をやってもダメなら自分が楽しくなることをやりたい。

そんな訳で趣味はカラオケとなった。そして諦めていた洋カラにも手を出した。何も出来ないと、何か出来るようになったら幸せと思ったりする。ところが出来る人は出来て当たり前、そんなことで幸せになったりはしない。かって同じ職場で碁の達人と言われた人が自殺した。ショックだったが不思議でならなかった。

長い間仮面をつけて生きて来たような気がする。しかし、仕事から解放され自由になった私には夢がある。それは何かは冒頭に書いたので省略する。繰り返すのは私だって恥ずかしいのだ。

退職して自由になったからと言って、いきなり仮面を脱げば違和感をもたれる。そのたびに「らしくない」とか「似合わない」とか言われたら楽じゃない。自分のイメージを変えるのはカラオケ会が一番いいと思っている。時間をかけて工夫すれば少しずつ慣れてもらえる。「あの人はああなんだから仕方ない」とかね(笑)。
タグ:SSN
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 音痴の洋カラ

2019年01月12日

得意になると笑われる

私の身近では音痴で、しかも同類同士で愚痴りたいと言う人は居ない。仕方がないのでネットで探すことにした。ネット上には有名な「ハゲの会」があるから「音痴の会」もあると思ったのだ。それをキーワードにしてグーグル検索をしたら、私の「音痴のカラオケ そのまま楽しもう!」がトップで表示された。

ただし私のパソコンではね。パーソナライズド検索というらしい。情報の受け手にとっては便利だが、発信者としては迷惑千番な機能である。今までぬか喜びさせられていたことが分かってガッカリした。全く罪作りな新機能である。

結局、「音痴の会」の様なものは見つからなかった。ハゲ同士は語り合えるのに音痴には語り合うチャンスもない。人種差別からハゲ差別に至るまで、いろいろな場面で話し合いが行われ、表立った差別は減る傾向にある。しかし音痴は公の場所で議論されることも無いから、見えない差別が生き続けている。

音痴との闘いは自分との闘いである。一方、相手のある闘いには必勝法がある。例えば私はQPとの闘いに、この必勝法を駆使し大勝利を得た。そして憧れのノンビリ生活を手に入れた。必勝法と言っても大したことではない「挨拶・お世辞・絶対服従」の励行である。しかし勝利への道のりは長い。3年もかかった。

長い付き合いの同居人QPは分かり易い人だ。「ダメダメ、あんたが悪い」の一点張りだから、闘いは「僕が悪かった」の一言で、好きな時に止められる。おまけに騙しやすい。3年たったある日突然、私が主人でQPは奴隷になっていることに気がついた。

QPが進んで挨拶をして、お世辞を言うようになった。私の態度が好くなったので真似しているつもりかも知れない。服従についてはサービスを受ける一方だから、確認するチャンスがない。三度の食事から掃除、洗濯とか何でも進んでやってくれるのだ。

一方、音痴との闘いを始めて3年たったが、目に見える進歩はない。自分との闘いはまるでコンニャクと豆腐の叩き合いみたいで、歯ごたえも手応えもない。一見、泥沼状態で動けないように見えるが、薄日は射している。それは何かと言うには、ちょっと早すぎる。ここは我慢だ。この程度で得意になると笑われる。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 音痴の気持ち

2019年01月05日

カテゴリの説明

カテゴリの説明
ヒトとしての能力の低い人間だから、スポーツ・ゲーム等、何一つ得意なものがない。歌も苦手なものの一つに過ぎない。無趣味と言うのも味気ないので、趣味はカラオケと駄文を書くことにした。カテゴリの一つひとつについて感想を交えて説明したいと思う。

音痴とは
いささか遅きに失するが、75歳にして真の音痴であることを自覚。そして対策を考えた。先ずは音痴とは何かを知るところから始めた。音楽用語で音痴とは「大脳の先天的音楽機能不全」のことを指すそうだ。ならばパラリンピックがあるように、パラオンチック? があったらいいなと夢想する。

カラオケを楽しむ
二人、三人、四人と少人数でカラオケを楽しんでいるが、お喋りが多く私の歌など誰も聞いていない。気楽でいいけれど物足りない。それでシニア団体のカラオケ会にも参加している。皆上手いので、音痴の私は勇気を振り絞って、緊張しながら歌っている。気楽に歌えるところ、緊張するところとか、いろいろあって面白い。高齢になった私は、昔を懐かしみ懐メロを楽しんでいる。

音痴の洋カラ
音痴で滑舌が悪く英語が苦手なのに何故か英語の懐メロを歌うことが大好きだ。長い間、聴くだけだったが、千載一遇のチャンスに恵まれて、後期高齢者にも関わらず洋カラを始めた。ダメなものはダメと思うが、止むに止まれぬ気持ちもある。肝心要の歌は蚊帳の外。それでも楽しいのは老人力がついたからだ。

音痴の気持ち
音痴の私の最大の望みは普通になること。差し当たっての目標は、以前の自分よりは良くなることだが、一進一退で難しい。まるで普通学級に入った障害者の様な気分だ。それでも歌うことは大好きだ。楽しむ環境を整えてくれた皆様のお陰と感謝している。

音痴のネット勉強
音痴な私は、こうしたら良くなると言われても直せない。だから習いたくても習えない。と言う訳でネットを参考にして独習することにした。もし私を人並みにしてくれる先生がいたら百万かけても惜しくはない。しかし、足りないかもしれない。音痴も老齢も不治の病のようなものだ。やはりネットで独習!

「音痴のカラオケ」のPR
悶え苦しみつつカラオケを楽しんでいる人の為に役に立ちたい。その為には多くの人たちに読んで欲しいのだが、お願いはできない。SEOと言うそうだが、グーグル等の検索エンジンに評価されて上位に表示されたいと願っている。10年前なら効果的な対策が出来たが、ネット環境の進化について行けなくなった。

あの歌この歌
音痴が歌についてアレコレ言うのは可笑しいと思う。逆に言えば音楽については、音痴が書いたものを読む機会は少ない。私は読みたかったがネットでも本屋でも見つけることが出来なかった。間違っているかも知れないが、誰も書かないのなら私は書きたい。オンリーワンの持つ可能性を信じて賭けてみたいのだ。

その他
音痴のカラオケ以外の話題。

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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | カテゴリの説明