2015年12月26日

俺はお前に弱いんだ

「オレオレ」と言われて何故か嬉しかった。私は居るのか居ないのか分からない人。ハナちゃん、タロちゃんの世界でも私だけは中波さんと呼ばれ他人行儀だ。何となく寂しい状況が見えて来ると思う。多分面白味がないから親しめないのだろう。

ところで、なぜオレオレかと言うと、カラオケで偶然「俺は待ってるぜ」と「霧笛が俺を読んでいる」を歌ったら”オレオレちゃん”と声がかかったからだ。寂しさを胸に抱いていた私は嬉しくなり、つい調子に乗って「俺は寂しいんだ」もやってしまった。しかし、ここまではイントロの部分、本当に歌いたいのは「俺はお前に弱いんだ」。いつの日かカラオケ会で歌ってみたいと思っている。

「なんでシニアネットのカラオケ会なんだ」
「そこが私にとって最高の舞台だからです」
「他にも行っているのか?」
「はい、4人でね。そこでは私が一番若いのです」
「なんだ、年寄ばかりか」
「そうなんですよ。自然減が寂しいですね」
「しぜんげん?」
「はい、最近お亡くなりになった方も居られます」

ともかくカラオケ会で「俺はお前に弱いんだ」を歌い、あの名セリフを言ってみたいのだ。
「しょうがない娘だな甘えてばかりいて…」
とかね。この考えを先輩に話すと、
「いいじゃないか。ちょっとふざけて言えば笑いが取れるかも」
「このセリフは心を込めて語りたいのです。愛しているから不幸にしたくない。こんな想いを表現できればと思っています」

歌が下手だから笑って楽しんでもらおうと言う発想は先輩も私も同じだが、アプローチの仕方がぜんぜん違う。それに私は大勢の前でふざけたり出来ない性格だ。例えば、映画「男はつらいよ」の寅さんは大真面目で恋を語り愛を語ったり、似合わないことばかりして観客の笑いを誘っている。私の狙いはそこにある。

自慢じゃないが寅さんよりモットモットみったくない。その私が格好つけて、「しょうがない娘だな甘えてばかりいて…」とか、キザなセリフを言えば、それだけで笑いの渦が巻き起こり、場が盛り上がるのではないか。

「それで…、実行したのか?」
「慎重かつ前向きに検討しているところです。笑いを取るのは簡単ではありません」
「まだやってないんだな。そりゃ良かった」
「はい、頑張ります」
「ダメダメ止めときな」
と、先輩は私の名案にいつも水を差す。
「はぁ? なんでですか」
「シーンと静まり返ったらどうするんだ」

笑いの嵐でも感動による静粛でも、どちらでも良いではないか。肝心なのは感動を与えることである。仮に心から感動して胸をときめかせた方が居たとしても、私はそれでいいと思う。笑い・泣き・胸をときめかせてこその人生ではないか。

「ところで、自分より下手な歌を聴いたことあるのか?」
「全然ありません! みんな凄く上手いのですよ」
「それが何を意味するか良く考えるんだな」

良く考えたら分かった。何ということもない。私が一番下手なのだ。しかし分かるまでの道のりは長かった。自分が経験しないことを、頭だけで理解することは難しい。
「分かりました。何もセリフなんかで工夫する必要はないですね。今のままでもかなり可笑しいのに誰も笑いません」
「そこが肝心だ。寒気がして笑えないんだよ」

下手な歌を聴かされるのは辛いことらしい。爺さんが幼児のように真剣に歌っている姿が目に浮んだ。聞いている方は笑うどころか、恥ずかしくて凍り付くかも知れない。「俺はお前に弱いんだ」のセリフなどを入れたら、我慢の限界を超えて爆発するかも知れない。おお怖い。怖い怖い。
posted by 中波三郎 at 22:00| Comment(0) | あの歌この歌

2015年12月12日

初めての洋カラ

2015年12月頃 初めての洋カラ
2016年の目標は英語の歌を覚えること。と言っても習うのではなく、自分で勝手に練習して適当に歌うだけ。それには理由がある。音痴で英語力も無い、オマケに口が回らない。ここを直せば好くなるとか言われても直せないのだ。

若い時は英語が大好きだった。ただ好きなだけで学校で習ったわけではない。子供の私は勉強嫌いの英語ファン。普通の子がプロ野球選手に憧れるようなものだった。1946年に建設されたワシントンハイツ(合衆国空軍ワシントンハイツ団地)の風景を外から見てアメリカに憧れたのだ。緑の芝生に洒落た家、カラフルな自家用車、まるで夢の世界である。

2015年の秋、洋楽カラオケの会が立ち上げられると聞いた。こんな機会は一生に一度しか回って来ないので是非参加したいと思った。英語の歌と言うのは格好いいセリフの塊だから歌えれば気分が好いかもしれない。何も知らないまま夢だけが膨らんだ。

Yowkaraの案内メールが流された。そこには「洋楽に興味のある方なら、どなたでも大歓迎」と書いてある。あるある大いにある。オンチでも結構とは書いてなかったが遠慮なく参加させてもらった。やはり歌うのは難しかった。それなのに何故か歌いたい想いだけが募って来た。

半世紀も前のことだが、英語も多少関連する職に就くと、大好きだった英語が次第に嫌いになり、大嫌いになった。向いていなかったのだ。しかし退職して15年もたつと英語が懐かしくなってきた。英語で話したり歌ったり出来れば楽しいと思う。話すのは無理なので歌うことにした。これも無理な独り相撲だが。

カラオケを始めたのは65歳になってからだった。若い時は下手な歌を歌えば恥をかくだけだが、高齢者になると健康にいいと言ってくれる人もいる。好きだから歌っているだけだが、その流れにはシッカリと乗せてもらっている。

それから10年後、恐れ多くも洋カラに挑戦。普通ならリングに上がった途端にバタッと倒れノックアウトだが私は後期高齢者、人間機能的には既に死んでいる。何をやっても「ジイサンだからしょうがない」と周りが諦めてくれる。高齢化の流れがグイグイ私の背中を押してくれたのである。

posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 音痴の洋カラ