2018年05月19日

オンチいろいろ

2018年5月19日 オンチいろいろ
長い間、何となくオンチと思っていたたが、2年ぐらい前から絶望的な耳オンチではないかと疑い始めた。オンチには喉オンチと耳オンチがあるそうだ。耳オンチは生まれつき音が分からない。そして喉オンチは音は分かるけれど、その音を出せないと言う。

オンチに関してはいろいろあるので別の説明を読んでみた。音楽用語で音痴とは「大脳の先天的音楽機能不全」のことを指すそうだ。機能不全とは物事の本来の働きが不完全になることと書いてある。程度はいろいろと思うが私は重い方だと思う。

又、オンチには運動性と感受性の2種類があると言う。運動性の場合は正しい音程を聞き取れているのに、発声する際に音程がずれる。この場合は矯正が容易である。感受性オンチは音程がずれていると判断できないので矯正は難しい。しかし正しい音階を何度も聞くことにより改善できるようだ。なるほどそうかと思ったが、私には喉とか耳の方がピンと来る。

少しだけ勉強した結果、自分は矯正の余地のある喉オンチのような気がしてきた。とは言え重症で身体機能が徹底的に衰えている後期高齢者である。何とかして普通に歌える様になりたいが、果たして余命で足りるだろうか。なんとも心もとない。

10歳の頃はカラフルな車で颯爽と走るアメリカ人に憧れたが、20年後には車を買った。夢が実現するスピードが凄く速かった。65歳でカラオケを始めて13年もたつのに、目に見える進歩もなく時間だけが過ぎて行く。にも拘わらず幸せに思っている。何事にも束縛されず自由だからだ。夢なら覚めないで欲しい。

話は変わるが"オンチのカラオケ"で検索すると好いことが書いてあった。「オクターブを下げて歌うと自分の中で響きやすいので如実に効果が出る」そうだ。上手く歌えるということかな?

自分の中で響くとは自分の声を聞きながら歌えることだと思う。それは有り難いことだ。さっそく試したいとは思ったがオクターブとはどのくらいかな? 頭では分かるが耳ではなかなか感じが掴めない。まぁいいか、なるようになるだろう。 

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2018年05月12日

初めての洋カラ

2015年12月頃 初めての洋カラ
2016年の目標は英語の歌を覚えること。と言っても習うのではなく、自分で勝手に練習して適当に歌うだけ。それには理由がある。音痴で英語力も無い、オマケに口が回らない。ここを直せば好くなるとか言われても直せないのだ。

若い時は英語が大好きだった。ただ好きなだけで学校で習ったわけではない。子供の私は勉強嫌いの英語ファン。普通の子がプロ野球選手に憧れるようなものだった。1946年に建設されたワシントンハイツ(合衆国空軍ワシントンハイツ団地)の風景を外から見てアメリカに憧れたのだ。緑の芝生に洒落た家、カラフルな自家用車、まるで夢の世界である。

2015年の秋、洋楽カラオケの会が立ち上げられると聞いた。こんな機会は一生に一度しか回って来ないので是非参加したいと思った。英語の歌と言うのは格好いいセリフの塊だから歌えれば気分が好いかもしれない。何も知らないまま夢だけが膨らんだ。

Yowkaraの案内メールが流された。そこには「洋楽に興味のある方なら、どなたでも大歓迎」と書いてある。あるある大いにある。オンチでも結構とは書いてなかったが遠慮なく参加させてもらった。やはり歌うのは難しかった。それなのに何故か歌いたい想いだけが募って来た。

半世紀も前のことだが、英語も多少関連する職に就くと、大好きだった英語が次第に嫌いになり、大嫌いになった。向いていなかったのだ。しかし退職して15年もたつと英語が懐かしくなってきた。英語で話したり歌ったり出来れば楽しいと思う。話すのは無理なので歌うことにした。これも無理な独り相撲だが。

カラオケを始めたのは65歳になってからだった。若い時は下手な歌を歌えば恥をかくだけだが、高齢者になると健康にいいと言ってくれる人もいる。好きだから歌っているだけだが、その流れにはシッカリと乗せてもらっている。

それから10年後、恐れ多くも洋カラに挑戦。普通ならリングに上がった途端にバタッと倒れノックアウトだが私は後期高齢者、人間機能的には既に死んでいる。何をやっても「ジイサンだからしょうがない」と周りが諦めてくれる。高齢化の流れがグイグイ私の背中を押してくれたのである。

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2018年04月28日

長生きだけは人並み以上

2018年4月28日 長生きだけは人並み以上
馬力もないし動きも鈍い。こんな身体に愛想をつかしていた。にも拘らず、結果的に身体にいいことをして望外の長生きをしている。その代り自分が本当にやりたいと思っていたことは、何一つ出来ていない。文字通り馬齢を重ねているのだ。

大きなことはもちろん、皆が出来る小さなことも出来ていない。それはパソコンの習得であり、もう一つは人並みに歌えるようになることである。両方とも本来の目的は達成できなかった。しかし、その副産物は極めて大きかった。無意識で健康の為に凄くよいことをやっていたのだ。

オンチなのにカラオケをやっている。ところが健康の為にとても良いことだと言ってくれる人がいた。半信半疑の私はネットで調べてみたら、その効用があらゆる分野に及ぶのでビックリした。

ダイエット、ストレス軽減、消化機能、腰痛、精神の安定、脳の活性化、認知症の防止、高血圧の改善、さらに小顔効果まであると言うのだから驚きだ。歌う時に表情筋といわれる筋肉が働くので小顔体操になると言うのだ。にわかには信じがたいが、しっかりと口を開けて歌うと効果的だそうだ。

ところでパソコンの習得だが、始めたの1980年だった。値段は当時の月給の二倍以上した。あれから38年、今ではパソコンのことはサッパリ分からない。その代り健康の為に大きな役割を果たしてくれた。実はアルコール依存症寸前だった。飲んで飲んで脳天まで酔いが回ると凄く気持ちがいい。分かっちゃいるけど止められないのが酒だ。

一人では止められないので藻岩断酒会に入ろうと思っている時に転勤の話があった。転勤先は研修機関だったので当時では珍しいパソコンが、机の上にデンと乗っていた。それが切っ掛けとなりパソコンを買って毎晩自習するようになった。夜はパソコンに集中したお蔭で酒から離れることが出来たのである。

昔はパソコンに命を救われた。今はカラオケで余命を延ばしている。パソコンも歌も苦手のままだが、しっかりと役に立っている。身体の為に良い結果をもたらしてくれたのだ。お陰様でもうじき78歳、周囲の皆さまに感謝をしながら余生を送っている。人生の第四楽章は幸運に恵まれた。今のところはね(笑)。
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2018年04月21日

オンチで好かった

2018年4月21日 オンチで好かった
負け惜しみでなくオンチで好かったと思っている。小さな悩みが大きな悩みの侵入を防いでくれるのだ。いつ病気になって倒れて死んでも不思議でない歳になった。それでも何も考えずに呑気に暮らしているのはオンチのお蔭、まさに音痴様様だ。

天才棋士は5歳から将棋をを始めて15歳で六段になった。65歳でカラオケを始めた私は13年たってもオンチのままだ。その代り大発見をした。それは耳は口ほどオンチではないと言うこと。歌っている最中に何かおかしいと耳で感じることがあるのだ。

ところで歌える人は音程・リズムを操る脳を持っている。伴奏が入れば、それに乗るだけの楽ちん自動運転なのだ。そんな脳を持たない私はマニュアル運転を余儀なくされている。上がるのか下がるのか、スピードはいいのか、常に考えながら歌わなければならない。楽じゃないけど大したもんだ。

リズムについては歌詞につく色の変化である程度補ってくれる。問題は音程だが、ある日偶然、音程も横線で表示されることを知った。音程がズレると上下に表示してくれるのだ。まだ活用方法は分からないが、ツールを見つけだけでも幸いだ。これが第二の大発見。即ち、目は耳ほどオンチではない。ひょっとして、目で歌えるようになるかも知れない。

ここを直せと言われても、音痴はすぐに直せない。しかし先生がコンピュータなら話は別だ。イライラしないし怒らない。人様の要求にトコトン付き合ってくれる。藤井六段は将棋ソフトを使っていたらしい。私もカラオケソフトを使ってオンチ脱出を図りたい。長い付き合いだから片耳くらいは音痴のまま残して置くけどね。

口が歌えないと言って耳に頼る。両方ともダメだと言って目に頼る、挙句の果てにコンピュータ先生。こんなことを考えて何になるかと言えば、暇つぶしになる。暇は潰れていなければならない。空けておくと病気の心配とか、金の悩みとかが次々と入り込む。歌って暮らせば悩みはオンチぐらいしかなくなる。少の虫が大の虫を追い出してくれるのだ。ああオンチで好かった。

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posted by 中波三郎 at 21:13| Comment(0) | オンチのカラオケ

2018年04月14日

オンチカラオケ大会

2018年4月14日 オンチカラオケ大会
パラリンピックがあるようにパラノド自慢もあっていいように思う。つまり「もう一つの」オリンピックがあるように、「もう一つの」ノド自慢があってもいいと考えるのだ。もともとParalympic はparaplegia(下半身麻痺者)とOlympicsとからの造語だが、今ではparallelと改められ「もう一つのオリンピック」になった。

パラリンピックは福祉からスポーツへと進化した。一方、私はオンチという障害を持ちながらカラオケを楽しんでいる。皆様の暖かい気持ちに支えられて楽しませてもらっているのだ。とても有り難いが、これは福祉に違いない。

自分は先天的音楽機能不全だと思っている。10年以上もカラオケをやって下手なままなのだから病気としか考えられない。それでも続けているのもビョーキだけどね(笑)。

もしパラリンピックの様に福祉から競技へと高めるとするとパラノド自慢になる。これのクラス分けはとても難しい。オンチは大きく分けて運動性(仮オンチ)と感受性(真オンチ)がある。

運動性オンチの人は正常な音感があるのだから訓練すれば直ぐに歌えるようになる。例えて言うとスポーツをしない健常者のようなものである。( )内は私の造語だが確かな音感の有無の差は大きく、この二つを同一視するのは間違いだと思う。

感受性オンチ(真オンチ)の場合は音程がずれていると判断できないので矯正は難しい。しかし正しい音階を何度も聞くことにより改善できるそうだ。とは言え改善の程度は人それぞれだ。クラスを三つくらいに分ける必要がある。松竹梅とか適当にね。

いろいろ考えたが、やはりパラノド自慢は難しい。沢山のオンチが集まって歌っている姿を想像してみたが異様な感じがして楽しめそうもない。念のため"オンチカラオケ大会"で検索してユーチューブ聴いてみたらどこがオンチかさっぱり分からなかった。

それぞれがオンチと自称して大会に出ているのだから、聴く人が聴けば直ぐに分かると思う。それとも近頃話題の虚偽情報か。アクセスを取るためにカラオケ大会にオンチを冠したのだろうか。と疑う私はヤッパリ真オンチとしか言いようがない。

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posted by 中波三郎 at 18:48| Comment(0) | オンチ日誌

2018年04月07日

諦めない人

2018年4月7日 諦めない人
私のオンチ歴は長い、それは小学校から始まった。学級別合唱の時に先生は口だけを開けて声は出さないでと言った。それでも中学生になると楽器を弾きたくなり木琴を買った。初めて叩いたのが西部劇真昼の決闘の主題歌「ハイヌーン」。何故か直ぐに飽きた。曲が木琴に合わなかったと思う。

ハモニカ、ウクレレ、オカリノ、ギターといろいろ手を付けたが、いずれも弾けるようにはならなかった。ピアノなら叩けば音が出ると思い17歳のとき1年ぐらい習った。バイエル82番で止めたが諦めてはいなかった。ピアノさえ持っていればと思ったのだ。

30歳近くなって河合電子オルガンを買って1年ぐらい習った。だが著しく進歩が遅いので、エレクトロニクスの進歩に期待をかけてヤマハエレクトーン、ヤマハコンボオルガン、カシオキーボードと次々と買い替えたが徒労に終わった。

結局マシンではなく原因は自分にあることが分かった。オンチだから何をやっても身に付かないのだ。それでも諦めないでボンゴとコンガを買った。居間に置いて眺めて楽しみ、腹が立った時は叩いて鬱憤を晴らした。しかしマダマダ甘かった。

本当にオンチと自覚したのは最近のことだ。諦める代わりにオンチのことを知ろうと思った。ネットで少し調べたら「大脳の先天的音楽機能不全」と書いてある。謎が解けてホッとした。音楽機能不全、即ち大脳に障害を持ちながらカラオケクラブで健常者と同じステージに立っている。申し訳ないけれど誇らしく思った。

自分の立ち位置が分かると目標ができた。それは普通に歌えるようになることである。音楽機能不全者としては大きな目標だ。2年後は東京オリンピックが開催される。そのころ私は2年計画を達成し普通に歌っているはずだ。歌って踊ってデュエットしているかも知れない。

原因が大脳に起因するオンチと分かれば対応法はいろいろある。直ぐに五つぐらいが頭に浮かんだ。全てを試してダメなときはカラオケを諦めようと思う。一つ2年としても10年はかかる。
カラオケは十年間のヒマつぶし私の自慢それは長生き

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posted by 中波三郎 at 21:07| Comment(0) | オンチ日誌

2018年04月01日

私の夢

2018年4月1日 私の夢
ついにエイプリルフールがやって来た。今年はジョークの代わりに私の夢を語りたい。所属するシニア団体は会員数約600の大所帯だが、一会員でもクラブを立ち上げることが出来る。そこで「オンチのカラオケクラブ」を作りたいと考えた。

先ず、ネットでオンチを克服した体験記を読むと、信じられない思いをした。なぜ1ヵ月でオンチが直るのだ。私はカラオケ始めて13年間オンチのままだ。また「こうすれば音程のズレが分かる」とか書いてあるが、同じことをしてもズレが分からなかった。

この差は、まともな音感の有無から来るらしい。私の様なオンチは音程がズレていることが分からない。「大脳の先天的音楽機能不全」だそうだ。長いので本物のオンチと言う意味で真オンチと呼ぶことにする。

オンチでも音感がある人は仮オンチ。本当は歌えるのだからオンチは仮の姿である。この二つを纏めてオンチと言うのは問題だ。なぜなら仮オンチを直すのは極めて簡単だが、真オンチを矯正するのは至難の業である。

それでも私は諦めない。直らないのなら隠せばいい。ところが参加しているカラオケクラブはレベルが高くオンチを隠すのは不可能だ。幸い別の超高齢初心者のカラオケ会にも参加している、そこで上手いフリをして、オンチ隠蔽の第一歩にしたいと思う。

小人数だが仏様のように優しい人たちの集まりだ。下手な英語で歌っても感心してくれる。申し訳ないけど騙してやろうと思った。だが騙されるのは私かも知れない。いずれも年上でお世辞も得意だし、おだてるのも上手い。

結局、自分のことで精いっぱいで「オンチのカラオケクラブ」の立ち上げは諦めた。今更言うのも何だが、魅力に欠けるから会員は集まらないと思う。代りにブログを開設した。そして一人でブログの更新を重ねて行くことを、私の夢とした。何かを始めればきっと好いことがある。十分の一くらいの確率でね。

ところで私はカラオケクラブで歌を聴くのが大好きだ。皆上手いので聴いていて楽しい。一方、歌うときは凄く緊張して大変だ。幸い、もう一つのカラオケがある。それは超高齢初心者のカラオケ会である。そこでは気楽に楽しく歌っている。一億総活躍社会だから幸せだ。私でも活躍できる場所がある。

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posted by 中波三郎 at 20:05| Comment(0) | オンチ日誌

2018年03月30日

「オンチのカラオケ」開設予定

2018年4月1日 「オンチのカラオケ」開設予定
決してヒマつぶしではありません。書いてオンチを克服するつもりです。克服とは「努力をして悩みや解決が難しい状況を乗り越えること」。オンチの悩みは絶対に克服できると信じて、このブログを開設しました。2年計画の第一歩です。そして2年後に目出度く傘寿を迎えます。歌う傘寿の誕生!

2020年のメインイベントは東京オリンピック、そして私のオンチ克服の年となるでしょう。音痴の痴の字を嫌ってオンチと書いています。白痴、痴呆、音痴、いずれも使いたくない単語です。見栄っ張りだから自ら痴であるとは言いたくありません。実はオンチを隠して活躍したいと思い、いろいろステージを探しています。私は諦めの悪い人。千回かき回した納豆のように粘り強いのです。

posted by 中波三郎 at 08:44| Comment(0) | オンチ日誌

2018年01月06日

初夢は片隅の人

2018年01月06日 初夢は片隅の人
15年前のことだが中島公園をキーワードにして検索をしたら、目ぼしいサイトは何も無い。ラッキーと思い空き部屋に入るような気分で中島公園に関するHP(ホームページ)を開設した。そこに入ってジッと待っていれば何か好いことが起こりそうな気がした。能力が低い私は競争が苦手で誰も手を付けない片隅が大好きなのだ。

静かに待っていたら5年後に北海道新聞から取材があり、それから3年したら道新コラム「朝の食卓」の執筆を頼まれた。札幌もとっくに百年を過ぎ、ようやく歴史を考えるようになった。歴史に注目すれば札幌の老舗公園である中島公園が必然的に浮上する。つられて「中島パフェ」も浮き上がる。ジッと待つ8年間は長かった。

推測だが、道新ではコラム執筆者20人の中に中島公園関係者を含めたいと考えた。そのような状況の中で検索トップの「中島パフェ」が、担当記者の目を引いたのかも知れない。今では公共部門や企業サイトに押されて沈み始めている。しかし中島公園が世間に注目されるようになった結果なので仕方がない。私は大好きな片隅に戻るだけだ。

ともかく、2年ばかりHP「中島パフェ」の管理人として新聞にコラムを執筆する幸運に恵まれた。望外の結果に喜びすぎて脱線し、カラオケの事まで書いてしまった。思い出しても恥ずかしい。顧みれば人様の目に関しては、まったく無頓着だった。

ところで「音痴のカラオケ」も当時の中島公園同様片隅の存在だ。検索しても該当サイトは現れない。音痴への悪口はいっぱい出て来たけどね。しかし何もなければ競争もないので、力が弱くても参入する余地がある。とりあえず、「音痴のカラオケ」のタグを設定した。そして運が向いて来るのを静かに待つことにした。

人が10人いれば優秀な人が1人ダメな人が1人、残りの8人が普通の人だそうだ。ならば音痴の隠れカラオケファンは百万人はいるはずだ。日本人の10人に1人は音痴として千三百万人が音痴、それでもカラオケをやりたい人が一割として百三十万人。私の様に音痴でもカラオケをしている人が一割いるとしても、百万人以上が隠れカラオケファンである。その内の1%がこのブログを読んでくれるとすると、一万ヒット? 
初夢は捕らぬ狸の皮算用

2010年6月23日北海道新聞「朝の食卓」掲載、
タイトルは「好きになったカラオケ」、『 』内本文コピー
『自分はカラオケ嫌いと思っていたが、偶然歌ったことがきっかけで、大好きなことが分かった。そもそも歌うことが嫌いな人などいないからカラオケ嫌いは周囲の人によって作られるのだと思う。

30年ほど前、場末のカラオケパブで、職場の懇親会があった。経験のない私は歌わないつもりだったが、おせっかいな人のせいで舞台に立つはめになった。「僕が応援してあげよう」とか言って、私の手をぐいぐい引くのだ。ところが、歌いだすと気が変わり、3番までしっかりと歌ってしまった。 

後日、上司から注意された。「おまえは下手なんだから歌うな」と繰り返し言うのだ。こうしてカラオケ嫌いになったが、それが最近、仲間内のカラオケ会に偶然参加したことがきっかけで変わった。最初はもちろん断ったが、2人がかりで両腕をとられステージまで強制連行されたのだ。 30年前と同じ状況で、またもや伴奏が始まると歌う気になってしまった。

ただ、結果は大きく違い、初めて歌う私を歓迎する温かい気持ちが伝わってきた。 誘われるままに次の例会にも出て歌うと「うまくなったね」と言われうれしくなった。カラオケは好きになるも嫌いになるも、周り次第だと思った。好きな歌を人前で歌うことは、やっぱり楽しい。(HP中島パフェ運営・札幌)』

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(「空白の22年間」より転載)

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2017年12月16日

適度なストレス

2017年12月16日 適度なストレス
楽しむ為に頑張るなんて矛盾している。しかし頑張らなくては楽しめない。在職中はカラオケ嫌いと言うよりも、歌えない人として知られていた。長い間、自分でもそう思って来たが、二つの出来事がキッカケとなりカラオケを楽しむようになった。

第一のキッカケは親しくしているAさんに誘われたこと。下手同士でカラオケをやろうと言うのだ。もう一人の下手な人はお年寄りのBさんだが、しばらくして病気で亡くなられた。代わりに二人のお爺さんが仲間に加わった。4人グループだが私が一番若い。人は入れ替わったが12年も続いている。次は誰の番かなとか言いながら楽しんでいる。

Aさんは毎回、ジョッキ1杯のビールを御馳走してくれる。その上いろいろな割引サービスを利用して、当初は会費を150円ぐらいに抑えてくれた。歌が下手なお陰で大サービスを受けてしまった。まったく何が役に立つか分からない。

第二のキッカケは約10年前のこと。地元のコミュニティFMラジオ番組で中島公園の話をする機会があったが、放送時間が1時間もある。一人じゃもたないと思って元プロ歌手のCさんに応援を頼んだ。そして取材のつもりでCさんが主宰するカラオケ例会に参加した。

歌いたいから参加したと誤解されて半強制的にステージに立たされた。これが縁で例会にも参加するようになった。この二つの偶然がなければカラオケをやることはなかったと思う。チャンスに恵まれ老人力に背を押され、いつの間にかカラオケが趣味になっていた。

音痴だから練習しないと歌えない。せっかく練習をしたのだから、と言う気持ちに押されて歌いたくなるのだ。練習は動機づけとして何よりも大切である。決して上手くなるためではない。ところで、それよりもっと良いことがある。

例会で歌っていると緊張したり、楽しかったり恥ずかしかったりするから刺激になる。これが健康のために良い。毎日ノンビリ暮らしている私には適度なストレスが必要なのだ。

(「空白の22年間」より転載)
posted by 中波三郎 at 21:28| Comment(0) | オンチな暮らし